思い通りにはいかないもの

 警戒はするといっても、全体の半分を占めるナユーム族の部隊をないがしろにはできない。万が一にも戦闘になった場合、ナユーム族の戦力がないと私たちはまともに戦えないからだ。だが、西に向かいながらも、近隣にあるギュッヒン侯の部隊を攻撃しながら進むことはできる。

 うまくエナリクスを説得して、帰郷するなら新しい手土産が必要だと思わせることができればいい。しかし、戦うたびに馬だけを捕獲する鬼角族たちは、すでに手に余りそうな数の馬を抱えていた。鬼角族たちは、馬以外に欲しがる物がまるでないのだ。通貨は使わないから、金銀に興味を示さない。武器についても鬼角族の持つ大太刀の方が明らかに優れているので、細工の優れた短剣など以外は見向きもしなかった。酒なら喜ぶのだが、輸送部隊がそうそう酒を運んでいるわけではない。結局、西へ向かいながら臨機応変に対応するしかないのだろう。


 翌朝、私たちは西への帰還をはじめることになった。雪溶けの平地は泥濘でいねいに足を取られ、移動速度は著しく遅くなる。こういうとき、石畳いしだたみの街道なら移動速度が上がるのだが、まさかこれだけの馬を連れて街道を進むわけにもいかない。

 「隊長、後ろに騎兵の姿が見えませんか」

 私の思索を破るように、ツベヒが声を上げた。

 馬を止め、後ろを振り返ってツベヒが指さす方向に目をこらす。なにかが動いているといえば、そう見えるのだが、それが騎兵かどうかはわからなかった。

 「シルヴィオ君はどうだ。見えるか」

 「小さな点みたいなのしか見えませんが、だんだん大きくなってます。あの速度なら、騎兵としか考えられません」

 さんざん挑発しても姿を見せなかったのに、撤退すると決めた途端にこれだ。

 騎兵であるということ以上はわからないが、私たちに向かってくるのであれば、それなりの数を揃えているのだろう。

 「全員、全速力でここから離脱する。いざとなれば、馬車を捨てて馬に乗り換えるんだ。私は、ハーラントさんに声をかけてくる」

 馬を進ませて、ハーラントを見つけると大声で叫ぶ。

 「ハーラントさん! 敵が姿を見せた。数はわからないが、こちらの数を把握した上で追跡してきたのであれば、三百はいるだろう。急いで西へ移動だ。エナリクスさんにも伝えてくれ」

 うなずいたハーラントは、鋭く警告のことばを発した。

 それまで、ゆっくりとした速度で進んでいた集団は、あっという間に駈歩かけあしで進みはじめる。

 これでも距離を縮められるのであれば、敵はかなりの速度で追撃しているのだろう。時々後ろを振り返りながら、私たちは西へ西へと進んでいった。


 こちらが速度を上げると、豆粒のような敵の姿はそれ以上近づくことがなくなり、次第に見えなくなっていった。私たちにすら替え馬がおり、時々馬を交換することで馬の疲労が軽減され、駈歩の速度を維持することができるのだ。通常の騎兵部隊では、追いつくことは困難だろう。だが、夜通し馬を走らせることで、距離を一気に縮めることもできる。結局、騎兵同士の追撃戦では、追いかける方が絶対的に有利となのだ。

 「ハーラントさん、私たちの馬が限界だ。今日はこのあたりで野営しよう。今日は天幕はなしにして欲しい」

 「わかった。ナユームの連中に止まるよう伝令を出すから、エナリクスに追いついたら野営だ」

 口笛を吹くと、一人の騎兵がハーラントのところへ近づき、なにか命令を受けると全速力で前方へ進んでいった。

 しばらく走るとナユーム族が馬を下りて私たちを待っており、伝令がしっかり仕事をしたことがわかる。

 久しぶりの屋外での野営は、夜の寒さが身にしみるだろうが、敵の攻撃へ迅速に対応するためには仕方がない。

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