現金な族長

 敵の死体を集める作業はあらかた終わり、兵士たちの仕事は浅い穴を掘る作業にうつっていた。

 「いつも思うんだが、こんなことする必要があるのかよ、親父」

 イングの不満はもっともだ。仲間の二人を殺され、その遺体すらそのままなのに、敵兵の死体を葬ることが必要なのかという疑問を持つものは多い。

 「生きているときは敵だが、死ねば敵も味方もない。時間的余裕がないのであれば別だが、死者に敬意を払うのは戦士として当然のことだ」

 表向きの理由はこれだが、今回は別の理由もある。死者には不要な短剣を集め、不足しているキンネク族のための馬上刀を揃えるのだ。短剣はバウセン山の鍛冶屋たちに渡し、大太刀をつくるための原料にできる。死体から武器を奪うだけだと、ただの死体漁りだが、弔うために移動させ遺品を預かるのであれば、それは別の意味を持つ。大義ある行動ならば、自尊心を失わずにすむのだ。

 その足で、ケガをしている三人の敵兵のところまで向かう。地面に横たわる兵士は三人で、一人は右肩から激しく出血しており、止血のための布からも血が滴っていた。おそらくそう長くは持たないだろう。もう一人は左手首より先がなかったが、肩のところでしっかりと止血されているので、傷が化膿しなければ生き残る可能性はあるだろう。もう一人の男は、一見ケガをしていないようにも見えるが、右足が腫れ上がっているようなので骨折しているのかもしれない。

 「指揮官のローハン・ザロフだ。今回は私たちの勝ちだったようだな。鬼角族は手強い戦士だ。うかつに手を出すと酷い目にあうと、仲間にも伝えて欲しい。だからこそ、私は君たちに応急処置をする。変な気を起こさないでほしい」

 逆らう気力もないのか、三人は黙りこくっていた。右肩から出血している男には血止めの塗り薬を塗り、左手首のない兵士には火酒を含ませた布を優しく手首に巻いた。右足の折れた男の足には添え木を当て、強く縛った。

 「逃げた騎兵もいるはずだ。その騎兵が戻ってくれば助けてもらえばいい。生きて帰れば、ザロフがよろしくいっていたと、ギュッヒン侯に伝えてくれ」

 「ふん、この裏切り者め」

 左手首を無くした男がつぶやいた。謀反を起こしたのはギュッヒン侯であり、本来正義は私たちの側にある。

 「後世の歴史家が、どちらが正しかったか判断してくれるだろう」

 戦争に勝った方が常に正義になる。後世の歴史家に正義であると判断してもらうためには、勝ち続けなければならないのだ。

 「それでは出発する。野営地に戻るぞ」

 ハーラントにもきこえるように、はっきりと大声で命令をだす。当面、私たちを脅かす勢力はいないはずだ。


 西へ戻る隊列の中で、キンネク族の族長のところへ馬を進める。くつわを並べるが、ハーラントはムスっとして口を開こうとしない。

 「ハーラントさん、はなしたいことがあるんだが、いいかな」

 「お前は我の味方だと思っていたのに、失望したぞ」

 肉ダルマはギロリとこちらをにらんだ。

 「あの時は、ああすることが一番いいと思ったんですよ。一つ思い出したことがあるんですが、私たちは、ハーラントさんに馬を一頭借りていましたよね。ちょうどいい機会です。ここで一頭をお返ししましょう」

 「なんでいま、そんなことをいうんだ、ローハン」

 少し族長の気が引けたようだ。

 「さらに、いつもお世話になっているお礼に、先ほど手に入れた二頭の馬も贈呈しましょう。これで、馬の数は十五対十三になりましたし、毛並みのいい馬を優先的に取れたわけですから、むしろ得をしていると思いますよ」

 少しだけなにかを考えていたハーラントは、表情を崩していった。

 「ありがたく受け取るぞ、ローハンよ。お前はやはり我の友だな」

 まったく現金な族長だ。

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