布石
応急処置は終わり、ケガをした兵士を倒れた馬車の近くに集める。気絶した兵士は、そのまま寝かせておくことにした。無傷の兵士には、仲間を埋葬する穴を掘るように頼んだが、自分たちを埋める穴を掘らせるのではないかとひどく警戒されることになった。軍人の名誉にかけて約束すると、やっと埋葬用の穴を掘りはじめる。
キンネク族は御者を含めた四人を斬り殺しており、最後尾の馬車から落ちて命を失った兵士とあわせて、七人が死んだ。十人が軽傷または無傷で、三人が骨折以上の重傷だった。
先頭の馬車を引いていた馬は足を折っており、殺すしかない。
「ハーラント族長は馬車と槍、弓など不要とのことなので、捕獲した馬車五台、馬三頭。槍は十八本、弓は三張り、矢は百本以上ありました。指揮官の持っていた剣が一本。荷物はほとんどが小麦です。葡萄酒とチーズ、玉ねぎが少し。あと、干した魚が--」
「ちょっと待ってくれ、ツベヒ君。その干した魚というのは川魚なのか、それとも海の魚なのかわかるか」
「いや、ちょっとわかりません。魚は魚じゃないんですか」
ギュッヒン侯の領地には海はない。もし、海で取れる魚の干物があるとすれば、北方のあの国が関わっている可能性が考えられる。
「魚のことは後で確認してみる。馬車四台に小麦と干した魚、葡萄酒、チーズと玉ねぎを積んでくれ。小麦は一番後回しだ。あと、私と君の馬を馬車につないでおいて欲しい」
ツベヒは首をひねった。
「馬は三頭いるのに、なぜ隊長と私の馬を馬車につなぐのですか」
「一頭の馬には使い道がある。少しハーラントさんのところへ行ってくるから、捕虜が変な気持ちを起こさないように見張っていてくれ」
ツベヒがうなずくのを確認してから、鬼角族たちの方へ向かった。
少し離れた場所にいるハーラントを見つけた私は、うれしそうに笑う族長に声をかける。
「ハーラントさん、ききたいことが二つある。ひとつは、あなたたちは魚の干物を食べるかということだ。食べるのであれば、魚の干物を分けることにする。ふたつめは、足を折った馬がいるんだが、あなたたちならどうするのか教えて欲しい」
怪訝そうな顔をした族長は、気持ち悪そうにいい捨てた。
「魚というのは、川や池にいるあれだろ? あんな虫みたいなもの食えるか」
自分たちの食べないものは、なんでも虫よばわりするハーラントに苦笑しながら、馬の件を再び確認する。
「足を折った馬は、生きていけないから殺すしかない。お前たちが食わないなら、我らが喜んでいただくぞ。馬の肉は精がつく」
羊や豚、牛や鶏なら、人間の兵士たちは喜んで食べるだろう。だが人間は、その中でも特に騎兵たちは、馬肉を食べることを
「よかった。それでは、あちらに死にそうになっている馬がいる。苦しめずに殺して欲しい。私たちは馬肉を食べない。あと半刻ほどで拠点に戻りたいと思うので、急いで頼む」
ハーラントたちが馬肉を食べるのであれば問題ない。基本的に肉しか食べないという鬼角族たちには、ギュッヒン侯の補給部隊を襲ってもあまり得るものがないのではないだろうか。もちろん、馬が最高の財産であるのだから、馬を捕獲することには価値があるだろうが。
ツベヒのところへ戻ると、ちょうど捕虜たちが遺体を穴に下ろすところだった。
素直に降参すれば、誰も死ななくてすんだはずだが、いまそのことを指摘しても仕方ない。
無言で馬上から敬礼の姿勢を取ることが、唯一できることだ。
浅く掘られた穴に遺体が納められたところで、捕虜たちに声をかけた。
「敵味方ではあったが、戦って死んだ戦士には敬意を払わせてもらう。もし、家族に形見を渡したいというのであるなら、なにか遺品を持ち帰ってもよい」
一人の兵士が、遺体から短剣を集めはじめた。鬼角族たちに殺された兵士達は、ほとんど身ぐるみを剥がされているので、あまり遺品にするものもないだろう。
二回目の襲撃は、こちらの被害がないという意味で成功といえる。しかし、本来の作戦の意味は、ギュッヒン侯の騎兵を引きつけることなのだ。その布石を今から打つことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます