絶叫

 殺意は消え、戦いが終わったことを確信する。死んだふりは終わりだ。

 「隊長、大丈夫ですか」

 ツベヒが駆け寄ってくるので、体を起こして問題ないというように手を振る。

 「すまない、矢が頭をかすめた。もう大丈夫だ」

 先頭の馬車が横転したことで、二台目、三台目の馬車が止まらざるを得なくなり、御者や護衛の兵士は武器を捨てて手を上げている。馬を馬車の方へ向けると、大声で怒鳴った。

 「武器を捨てて降伏しろ! 降伏すれば、命までは取らない」

 ジンベジが、不思議そうにこちらを見た。すでに敵は降伏しているのに、誰に向かっていっているのかという顔だ。

 「ジンベジ、倒れている敵の兵士を見てきてくれ。生きているなら手当をする。そこで手を上げている兵隊も手伝ってくれ。君たちの仲間だろう」

 私が怒鳴ったのは、倒れ込んでいる兵士たちへ向けてであったことに気がついたジンベジは、槍を降伏した兵士に向けた。

 「教官殿は医者じゃないが、応急処置の腕前はなかなかなもんだ。お前たちが先に進んで、仲間の様子をみてくるんだ」

 死んだふりや、気絶したふりをして、いきなり襲いかかってくる敵もいる。窮鼠が猫を噛むこともあるのだ。用心に用心を重ねても無駄ではない。八名の敵兵をたった一人のジンベジが追い立てていく姿は、まるで羊飼いのようであったが、この羊たちは意気消沈して肩を落としていた。

 「おお、ローハンよ。お前は獲物を四台も手に入れたのか。手が早いな。こちらは馬車一台だけだぞ」

 少し悔しそうな顔をするキンネク族の族長は、戦いにもならなかったことに不満げであった。

 「食べられるものがあれば、そちらにも回しますよ。キンネク族のみなさんは、小麦をあまり食べないんでしょう」

 ハーラント族長は、なにかを吐くようなまねをした。

 「あんな虫みたいなものは食わんぞ。まるでウジ虫じゃないか」

 「時間があれば粉にして、おいしいパンや麺をつくることができるんですが、まあここでは無理ですね。お気に召すものがあればいいのですが、小麦なら私たちにもらってもいいでしょうか」

 ハーラントは大きくうなずいて、自分たちの獲物を吟味しに戻る。

 そのうちに、敵の兵士が三人の仲間を抱き抱えて戻ってくるのが見えた。

 「教官、一人はダメでした。一人は腕、もう一人は足の骨が折れているようです。もう一人は気絶しているだけのように思えます」

 はじめに運ばれてきた男は、左腕を押さえているが、肘の先端から白い骨が見えていた。

 自分の顔から、血の気が引いていくのがわかる。外道の医者が開放骨折というやつだ。傷口から化膿することも多く、助からない可能性がきわめて高い。軍医なら、肘のあたりで切断する方法を取るだろう。

 「かなりひどく骨が折れている。傷口が汚れているから化膿する確率が高い。そうなると命を失うことになる。死にたくないのであれば、肘のところで切断するしかない。しかし、このまま最低限の治療をして、ウォルシーの町に戻るという方法もある。どうする」

 真っ青な顔をした若い兵士は、かすれる声でいった。

 「ウォルシーに戻ります。応急手当だけでかまいません」

 自分の腕を切断してくれといえる人間など、ほとんどいないだろう。水筒の水で泥を洗い流し、最後に火酒で傷口を洗う。化膿止めの軟膏をたっぷりと塗り、できるだけ清潔な布で傷を覆った。

 「これで、できることはすべてやった。腕のいい外道の医者なら、なんとかしてくれるかもしれんな。神官に頼んで、奇跡の力を使ってもらうのも一つの方法だ」

 次に連れてこられた兵士は、右足が奇妙な方向に曲がっていた。これはよくある骨折だ。

 「折れたところを固定するから、少し痛みをこらえてくれ。周りのものは、両手と左足を押さえてくれ」

 両手と左足が押さえられるのを確認してから、足の骨が正しい方向へ向くように足をひねる。

 男の絶叫が周囲に響いた。

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