帳簿

 遺体に土がかぶされると、私は捕虜たちに告げることになった。

 「それでは、ケガ人を馬車の荷台にのせて、ウォルシーでも目的地にでも帰っていいぞ」

 敵の捕虜からどよめきが起こった。

 「なんで、俺たちを帰すんだ。あん--いや、士官さん」

 一番年長に見える兵士が口を開く。

 「私はローハン・ザロフ。タルカ将軍の命を受けて、この任務についている。我々がいる限り、二度と安心して物資を運ぶことはできない。ギュッヒン侯への私からの伝言だ。必ず伝えてくれ」

 敵兵たちが不思議そうな顔をして見ている。

 「この戦いは私たちに正義がある。王になりたいという理由で、反旗を翻すなど言語道断。だが、君たちは友軍だ。戦いで死ぬことはしかたないが、捕虜を虐待したり殺したりするのは友軍への振る舞いではない。ただ、それだけのことだ」

 自分たちの部隊に戻れるということで、降伏した兵士たちはホッとしたようだった。末端の兵士たちにとっては、名誉や成功などより生き残ることが一番大切であることが多い。もちろん、友を殺され、大ケガをさせられた兵士にとって、我々は恨み骨髄に徹す敵だろう。しかし、ケガもせずに本隊に戻ることのできる兵士たちの中には、正義の旗印に共感するものもいるはずだ。

 「くれぐれもギュッヒン侯によろしく伝えてくれ。リーハン・ザロフがまた戦場で相見あいみまえようと伝えていたとな。君たちとは、できれば会いたくはないが」

 そういって、私は高らかに笑った。まるで一代の豪傑のように。

 敵兵の馬車は東へ出発し、私たちも馬車に荷物を積んで西の天幕の場所へ向かった。

 名乗ることが挑発になるというのは、ある意味で便利なのかも知れないが、ギュッヒン侯のような老獪な軍人が、簡単にそれに乗るとも思えない。


 天幕を設置した仮拠点に戻ると、興奮気味のライドスが出迎えてくれた。

 「隊長、ぜひお知らせしたいことがあるので、食事の後にでも時間をいただけませんか」

 「ライドス君か。いま時間があるので、手短にすむのであれば今が一番ありがたい」

 そういうと、敵兵から奪い取った葡萄酒を、一樽ずつナユーム族とキンネク族に渡してくるようにツベヒへ頼み、ライドスを天幕へ招いた。

 「どうした。なにかあったのか」

 「隊長、これですよ。これ」

 そういうと、ライドスは数冊の帳簿をこちらへ突き出す。ウォルシーの町で、士官用の天幕から奪った、鍵付きの箱に入っていたものだ。

 「私は主計官しゅけいかんの家に生まれたので、帳簿については子どもの頃から慣れ親しんでいました」

 神官にとって、神の経典が重要であるのと同じように、商人にとっては帳簿が最も重要な経典といえるだろう。商売の秘術に精通した人物なら、帳簿を見ただけで商人の経済状態や、問題点を見抜くといわれる。私にも最低限の知識はあるが、帳簿を見て問題点を指摘するような知識はない。

 「主計官といえば、補給担当だな。だが、なぜ帳簿を見て興奮しているんだ」

 ライドスは得意げな顔で説明をはじめた。

 「この帳簿にはウォルシーへ、いつ、どれだけの物資が運び込まれて、どこの部隊へ送付されたかが書かれているんですよ。これをみれば全部わかるんですよ」

 ニコニコしながら、私の顔を見つめるライドスだが、私には今ひとつなにがいいたいのかわからなかった。しばらく考えて、そのことばの意味を理解し、驚愕する。

 「それは、どこにどれくらいの兵士がいるかが、その帳簿でわかるということでいいのかな」

 「そうですよ!」

 たしかに大した情報だ。数百人の密偵を放っても手に入れられない情報が、一冊の帳場からわかるなどということがありうるのだろうか。

 「でかした、ライドス君。これをなんとしてでもタルカ将軍に伝えなければならないな」

 また一つ新しい任務が生まれた。

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