鷹の目

 二日遅れで、騎兵二十がルビアレナ村から到着した。

 その六日後に、冬営地からの援軍だ。キンネク族の六十名の騎兵は、なぜかシルヴィオのそりと一緒だった。あとで確認すると、槍や大太刀を手渡すために、先に冬営地へ武器を届けたということだった。大太刀を装備した騎兵が四十、槍だけを持った騎兵が二十。ジンベジ、ツベヒ、シルヴィオ、イング。それに新顔のライドス。この五人を士官補佐に任命したが、戦場で指揮ができるのは、槍の巧みなジンベジと、人を率いる才能があるツベヒくらいだろう。シルヴィオは風魔術が使えるが、自分の身を処すのに精一杯だし、イングは個人としての武勇はあるが、それだけだ。ライドスに至っては戦場で人を率いる能力もないし、戦いも不得意ときている。

 「ザロフ隊長、少しいいですか」

 ライドスが、馬に乗ったまま、おずおすとわたしの方へ近づいてくる。無能であると判断したライドスだが、馬の手綱たづなさばきは悪くない。悪くないどころか、堂に入っている。

 「ザロフ隊長に頼まれた、戦場になりそうな場所の地図と、補給品の集積地があると考えられる場所の周辺の地図を持ってきました。よろしければご覧ください」

 そういえば、ライドスに地図を書くように依頼をしていたのだった。布草からつくった紙は、少しだけ黄ばんでいたが、安価に用意できるという利点があった。

 「ありがとう、ライドス君。地図は書けたかな」

 ライドスは大きくうなずき、手に持った鞄をこちらへ手渡す。鞄の中には、紙の束が見えた。

 「えらく頑張ったな。何枚くらい描いた」

 「ざっと五十枚くらいでしょうか。描いているうちに楽しくなって、ついつい――」

 鞄から一枚の地図を抜き出して広げてみる。これは、チュナム集落だ。

 「これはチュナム集落だな、ライドス君」

 広げた地図をライドスの方へ向けると、犬のようにブンブンと首を縦に振った。

 地図というのは、極めて重要な軍事情報である。正確な地図を持っていれば、戦いを優位に進めることができる。地図がない場所では、斥候や地元民から情報を集めることが基本になる。

 私が知る限り、ライドスは数回くらいしかチュナム集落にいったしたことはないはずだ。測量する道具も、時間もなかったであろうことは明らかだ。それにも関わらず、まるで空を飛ぶ鳥の目で見たような地図を描けるのは、どういうことだろうか。

 「ライドス君。これは一人で描いたのか。なにか資料があったのか。ぜひ教えて欲しい」

 私の剣幕に、ライドスの表情が曇った。褒められると思っていたのに、私の表情が険しいからだろう。

 「はい、記憶を頼りに描きました。特に資料はありません」

 小規模な戦闘では、目に見える状況に対する指示を出すだけでいい。だが、複数の軍団同士のような大規模な戦いでは、自軍がどう動くべきか、敵がどう動くかを判断するために、戦場を俯瞰ふかんできる才能が必要であるといわれる。ライドスにそういった才能があるとすれば、このひ弱な士官候補生は優れた将になれるはずだ。まだまだ足りないところはあるが、それはこれから身につければいい。

 「いや、特に責めるつもりはない。この地図は素晴らしいな。君にこんな才能があるとは思ってもみなかった。参考にさせてもらうよ」

 私のことばに、ライドスは嬉しそうな顔をして笑った。

 「参考までにききたいんだが、ライドス君なら、はじめにどこの町を攻撃するのがいいだろう」

 「私なら、ウォルシーを攻撃します。十分に後方で、敵の守備隊がそれほど配備されているとは思えません。敵の本隊から離れているので、追撃される危険も少ないのではないでしょうか」

 西方の事情に疎い私にはウォルシーがどこにあるのかわからないが、ライドスの意見は検討に値することは間違いない。

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