守りたかったもの
反逆者であるギュッヒン侯の部隊と国王派の部隊は、都から徒歩で北西に五日ほど離れた場所で対峙している。もともとギュッヒン侯が所有する領土が都の北にあり、そこから南に攻め込んだのだ。
タルカ将軍が騎兵部隊を迅速にギュッヒン侯の先鋒へぶつけ、足止めをしなければ都は攻め落とされていただろう。おかげで国王派は貴重な騎兵をかなり失うことになった。歩兵だけでは防御的な戦いしかできないので、タルカ将軍は陣地を構築して拠点化しギュッヒン侯の部隊に対峙した。
もし、そのままギュッヒン侯が北へ攻撃を続ければ、反逆は成功しただろう。しかし、近衛軍団が都で内応し、戦わずとも新国王の地位を我が物にできると考えたギュッヒン侯は進撃をやめてしまった。戦いに勝利しても、廃墟を手に入れることになっては意味がない。内応がないとわかった時には、タルカ将軍が近衛を含む三個軍団を動員していた。数的優位は国王派にうつり、互いに対峙したまま冬を迎えることになる。
「タルカ将軍から直接確認した現状は以上のとおりだ。兵士の数では三個軍団を擁する私たちが優勢だが、戦局を左右する騎兵が足りない。私たちの任務は、ギュッヒン侯の後方で、できるだけ派手に暴れることだ。全員が騎兵の私たちを押さえ込むには、敵も騎兵を送り込んでこざるを得ないはずだ。タルカ将軍は、敵に動きがあれば最終決戦を仕掛ける。私たちに求められているのは、勇敢に戦って死ぬことではない。敵を攻撃し、できる限り生き延びて相手の注意を集めるんだ」
一気にここまではなすと、天幕の中のハーラントとエナリクス、士官補佐に任命した五人の顔を見渡す。鬼角族の蛮勇は、特に要注意だ。
「ハーラントさん、エナリクスさんにも今の事をしっかりと伝えてください」
「ローハンよ、騎兵が足りないんだったら、我らがこのまま将軍とやらのところは向かえばよいのではないか」
「そういう考えもあります。ただ、本隊と合流すると自分の判断で自由に行動することは許されません。キンネク族やナユーム族の皆さんは、将軍の配下に入ることになりますが、かまいませんか」
少し考え、ハーラントは首をイヤイヤと横に振った。
「もう一つ、守らなければならないことがある。私たちは敵の後方を攻撃するが、兵士ではない一般の人々を殺してはいけないし、物資を奪ってはいけない。農民や市民を敵に回すと、居場所を密告されるかもしれない。私たちは正義の軍だ。そのことを忘れるな」
敵の兵士の中には、同じ西方軍団の兵士もいるかもしれない。しかし、敵と味方にわかれている以上、命のやり取りをするのは当然だ。軍人ならば覚悟もできているだろう。
「それでは、明日の早朝出発する。今日はゆっくりと体を休めてくれ」
二人の族長が去り、私も気分転換に天幕の外へ出ることにした。
太陽が傾きはじめ、冬の短い昼が終わらんとしているのを感じる。
ふと、黒い小さな点が視界の端に蠢いていることに気がつく。目を凝らすと、黒い小さな点はこちら近づいている何者かのようだ。その速度から、馬に乗っていることはわかる。
敵か。いや、一騎では何もできまい。
「誰か来てくれ。何者かが近づいてくるようだ」
天幕に声をかけると、中かだジンベジが顔を出した。
「一人ですね。あっちは鬼角族の冬営地の方角ですよ。なにかあったんでしょうか」
ツベヒとシルヴィオも天幕から姿をあらわした。他の鬼角族たちの中にも、その陰に気がついたものがいるようで、指をさすものもいる。
近づいてくる騎兵は、黒い点から、次第に馬上の輪郭が見えるようになってきていた。
ああ、見間違えるはずもない。
私が命を賭けてでも守ろうとしたもの。
ユリアンカがそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます