戦いの鍵

 バウセン山が見えてきたとき、皆がほっとしたことは否定できない。

 道中の天候は安定しており、馬糞の横で眠ることになったとしても、一人用の天幕で凍えるよりはよほどましだった。だが、雪中野営の苦労を知っているのは、私とジンベジ、ホエテテの三人だけなので、残りの兵士たちにとっては、かなりの消耗につながっていたようだ。

 「ハーラントさん、ルビアレナ村にいくのは初めてなんですよね」

 先頭を進む族長に声をかけると、少し疲れた顔のハーラントが吠えた。

 「我が鍛冶屋のところを訪ねるのは初めてだ。なんでもチビが揃っているときいたぞ」

 「そのチビっていうことばは、絶対に使わないでくださいよ。あなた達が鍛冶屋と呼んでいる人々は、私たちと同じ人間です。その証拠に、村の人々は私たちと同じことばを使います。おそらく、食料かなにかの問題で身長が伸びないのでしょう。私たちが持っていく食料で、ルビアレナ村の未来が大きく変わる可能性もあります」

 ハーラントは鼻を鳴らして、山の方へ視線を向けた。理解してもらえたのだろうか。

 「教官殿、差し支えなければ、シルヴィオやイングをルビアレナ村に置いていった理由をきかせてもらいたいんですが」

 こんどはジンベジが声をかけてくる。

 「ああ、そのことか。シルヴィオ君には、風魔術で弓の威力を上げる練習をしっかりやってもらいたかったんだ。あの村なら、普通の弓もいしゆみも用意できる。私たちの装備では、重騎兵に手も足もでなかった。だから、なんとか鎧に対抗できる秘密兵器が欲しかったんだ」

 「そういえば昔、風を操ってとんでもなく離れた距離の敵を射抜いた弓手がいたというのを、きいたことがありますよ」

 伝説の弓手というのは、弓手ドゥンユのことだろう。三百歩の距離から、兎を射抜いた伝説の戦士。戦場では、敵の指揮官を何十人も射殺したという。シルヴィオがその域に達するかどうかはわからないが、威力が上がるという事は、当然射程距離も長くなるはずだ。

 「そうだな。そのような兵士も存在していたことは事実だ。シルヴィオ君も、ひょっとしたら伝説の弓手になるかもしれないな」

 そこまでいうと、ジンベジの方を見るが、その視線は山の方に向いたままだった。

 「あと、イングには頼みたいことがあったので残ってもらった。イングの贈物ギフトなら、黒鼻族たちに拳闘ボクシングを教えることができるんじゃないかと思ったんだ。黒鼻族のひづめでは、武器を使うのは困難だ。投槍器アトラトルのような、単純な形のものは使えるかもしれないが、基本的に武器を使うことは難しい。だったら、その膂力りょりょくを生かして、蹄を武器とした方がいいのではないかと考えたんだ」

 「羊が拳闘ボクシングですか」ジンベジが大きな声で笑った。「だけど、あいつら凄い力が強かったから、意外と拳闘ボクシングを自分のものにするかもしれませんね」

 可能であれば、いしゆみを改造して持たせてもいいだろう。人間では引けないような剛力のいしゆみでも、黒鼻族の力なら容易に引くことができるはずだ。

 「私たちには兵力も武器も足りない。鬼角族のために、大太刀を鍛えてもらっているはずだが、百本の大太刀を揃えるのに、どれくらい時間がかかるかわからない。ルビアレナ村の人たちは腕の立つ鍛冶屋だが、限界があるはずだ。私たちが戦いに勝つためには、すべての味方を戦力にするような工夫と、訓練が必要になる」

 鬼角族は信頼できる戦士だが、数が少ない。羊たちが戦力になるのであれば、戦いをより優位に進めることができるはずだ。ルビアレナ村こそが、私たちの戦争の鍵となる。

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