緑の道

 バウセン山を覆うように広がる、背の丈の三倍ほどの高さがある布草ぬのくさは、雪の中でも青々として高く伸びていた。葉は雪で白くなっているが、この寒さの中でも生命力にあふれ力強い。

 「ジンベジ君とホエテテ君は一足先に村に向かい、今から私たちが到着することを伝えて欲しい」

 二人は馬の速度を上げ、村への入り口である小道の方へ進んでいった。

 「アコスタ君、すまないが山のふもとについたら、荷物を馬に乗せるのを手伝ってほしい。そりでは、小道を登っていくことができないからな」

 以前来たときにも、馬車で入れなかった小道だ。この橇の幅では、途中で立ち往生してしまうだろう。

 「ザロフ隊長、この山の上に人が暮らしているんですか」

 不平屋のアコスタは乗馬技術の覚えが早く、胸甲をつけても問題なく動き回る筋力の持ち主であったため、重騎兵隊の一員となっていた。

 「山の上というより、少し登った中腹に村がある。今から何百年か前、人間と鬼角族との戦争をしているときにつくられた村だ。そういうことを覚えている人もいない、忘れられた村だな。調べれば、むかしの城壁跡なんかもあるんじゃないか」

 そういいながら、改めてバウセン山の方を見るが、目に入るのは布草だけだった。

 バウセン山の麓にたどりつくと、橇を降りて馬の牽引具を外す。

 可能性は低いと考えているが、ルビアレナ村が敵性勢力に占領されているとしても、橇を引いて逃げるわけにはいかない。鞍をつけた馬を用意しておくことは重要だ。

 荷台に積まれた鎧は外の気温で冷え切っている。雪中で金属の鎧を着ることにより、体温を奪われる危険があるので、雪中行軍では金属鎧を着ることはしないのが基本だ。紐でわえた胸甲や兜を橇から降ろし、鞍をつけていない馬の背に乗せていく。馬を降りたアコスタと数名の騎手も、同じように自分の馬へ鎧を移しはじめた。

 作業をしていると、すぐに、ジンベジが小道を駆け下りてくる。

 「教官殿、ノアルー村長に村へ入る許可を得てきました。特に不穏な雰囲気はないですね。大丈夫だと思います」

 「わかった。それではハーラントさん達を連れて、上に先へ上がってくれるか。残りは荷物を積みかえて上に運ぶ」

 今度は残り全員が馬を降り、荷物の積み替えをはじめた。小麦の大袋を馬の鞍に載せるもの、鎧を担ぐもの、天幕をのぞくすべての荷物を橇から降ろすと、馬の手綱を引いて兵士たちが山の小道を登りはじめた。

 細い小道を登りながら、はじめてルビアレナ村に入るものは、道の両端に伸びる布草を興味深く眺めている。隙間なく伸びる布草は、まるで壁のように視線を遮り、緑の道となっていた。


 緑の道を抜けると、急に視界が広がり、ルビアレナ村が姿をあらわす。雪が村を白く染め、以前来た時の土色の町を一変させていた。

 「これはこれはザロフさん、お待ちしておりました。お願いしたものはお持ちいただけましたか」

 ハーラントとなにかをはなしていた、村長のノアルーさんがこちらに向きなおり、私たちを歓待する声をあげた。待っていたのは私ではなく、食料であろうことはわかっている。

 「ノアルー村長、お久しぶりです。食料は購入できる限り購入してきましたが、満足いただけるかどうかはわかりません。それはさておき、黒鼻族たちは元気にしていますか」

 ルビアレナ村の主な食糧である、白茸しらたけという茸の不作がはじまったのが、昨年の春だという。地震が地下水脈に与えた影響ではないかと思っているが、食料不足を補うことが、この村にとって火急の用件だった。食料の購入を依頼されてから、かなり日数が過ぎていることについてお詫びし、兵士たちに命じて小麦の袋と、果物の袋を降ろす。村長のひと声で、男たちが集まり、運んできた食料はあっという間に姿を消した。

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