雪中野営

 ナユーム族への交渉には、私とジンベジ、大男のホエテテ。重騎兵の装備で訓練した十人の兵士、族長のハーラントと護衛二人が向かうことになった。合計十六名。ツベヒを指揮官代理に、ライドスはその補佐として居残りだ。

 本当は、ユリアンカも連れていきたかかったが、ナユーム族長がユリアンカに懸想けそうしていることを考えると、それは上策とはいえないだろう。私たちが不在のときに、兵士たちに稽古をつけてもらうことも頼んでおいた。自信を無くしたライドスには、戦場となりうる地域の地図を作製するように命令を与えておく。茶色の紙はまだまだあるし、体を動かす仕事よりは得意そうだ。

 翌日、夕飯の前にハーラントに頼んで、キンネク族の男を全員集めてもらい、かめから一口ずつ火酒を振舞った。人間の新年は過ぎたこと、祝いに酒を飲むことを告げると男たちは喜んで酒を飲み、意気は大いに上がった。これが別れのさかずきにならないことを祈って。


 十六人は私をのぞいて騎乗し、真っすぐバウセン山へ向かう。私は羊人のニビから借りたそりに二頭の馬をつなぎ、手綱を取った。小麦などの食料を大量に買い付けることができなかったので、天幕、胸甲や兜を積んでも馬の足取りは軽かった。順調にすすんでも雪中で六泊することになるのだが。


 冬の太陽が沈むのは早く、日中は快晴で暖かかったが、日が暮れるとともに寒さが忍び寄ってきた。今回は大型の天幕を持参しているので、全員で竪穴たてあなを掘り、かきだした雪を周囲で壁とする。

 天幕の中に馬を引き入れ、片側に集めてつないでおいた。馬が火におびえて暴れるのを防ぐため、馬の反対側に土と石で簡易的なかまどをつくり、羊の糞を乾かした燃料で、素早く干し肉のスープの準備をする。

 天幕の三分の二は馬が占めており、獣の臭いとスープの香りが入り混じっている。火の回りには人が集まり、その熱を少しでも逃がさんとしていた。

 「教官殿、こんな狭いところで火を使うと、空気が汚れるんじゃないですか。大丈夫なんですか」

 火にあたりながら、ジンベジがつぶやいた。

 「大丈夫だ。スープが煮たったら、すぐに火を消す。それに、この天幕の風通しの良さなら寒さを心配するべきだと思うよ」

 それきり、スープができるまで、誰も口を開かなかった。

 スープが煮たつと、全員の椀にとりわけていく。

 みな黙々と食べ、お代わりしてまた食べた。一人当たり三杯ずつスープを腹に入れるということになっている。体温を維持するためには、腹いっぱいの食事と水分の補給が必要なのだ。

 いつのまにか竈の火は小さくなり、天幕の中は暗闇に近づいていく。

 食べ終わった者から、羊の脂を染みこませた布の上に体を横たえて、外套を体に強く巻きつける。

 人と人との間には隙間がなく、隣の兵士の息がかかるほどだが、寒さに凍えるよりはマシなので、その距離はどんどん近づいていった。竈から完全に火が消えると、天幕の中は真っ暗になり、誰かのいびきをききながら意識を手放した。


 馬のいななきに目を覚ましたとき、天幕の外は薄明るくなっていた。先を急ぐためには、日が昇る前に起きなければならなかったのに、眠りすぎだ。顔を手でぬぐい、大きな声をあげる。

 「起床! 起床! 起床!」

 天幕の中でも、吐く息は白くなっていた。

 「よし、天幕を撤収。天気のいいうちに、できるだけ距離を稼ぐぞ。さあ、起きた起きた」

 自分自身の目がさめていないのだが、声を出すことで体が動くようになる。

 朝は火を使うことができないので、昨晩のうちに鍋にいれておいた雪がとけているのを確認してから、椀ですくって冷水を流し込む。

 ハーラントがむくんだ顔で、水をうまそうに飲んだ。

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