時間

 全員がある程度馬を乗りこなせるようになると、次は馬上での戦闘訓練だ。

 鬼角族たちとは違い、馬にはあぶみがあるので、兵士たちは誰でも馬上で簡単に踏んばることができる。だが、上半身だけで剣を振るうコツや、馬を動かすことで相手との位置を変えるということに慣れるまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 最低限の整備をした鎧は、おおよそ十組あるので、様子を見ながら十人を選ぶ必要がある。鎧を着たまま行動するためには、なによりも膂力りょりょくが必要になるので、乗馬技術以外の要素も必要になる。

 さらに、ルビアレナ村から持ってきた、布草と呼ばれる背の高い草の茎を乾燥させたものを槍に見たてて、槍騎兵としての訓練もはじめることにした。鬼角族と戦うことになっても、馬上で槍を使えれば、剣の腕前が劣る部分を補えると考えたからだ。春になる前に、やらなければならないことが山積みだが、日に日に兵士たちが騎兵としての腕前をあげていくのが実感することができた。


 あっという間に、ひと月ほどが過ぎた。

 新年を迎えたというのに、祝いの酒もなく、雪の中で羊の世話と訓練に明け暮れる日々に、兵士たちはみな疲労を覚えはじめていた。だが、鬼角族の新年はあと三ヵ月ほど先なので、私たちだけで祝うわけにもいかないのだ。

 馬上で槍の訓練をしていると、十日ほど前にフェイルの町へ送り出した、ツベヒとライドスが戻ってきたという声がきこえた。訓練はいったん中断し、全員でそちらへ向かう。

 「隊長、ツベヒとライドスの二名、無事に帰還いたしました。ニベという黒鼻族から、食料を受け取ってきましたよ」

 馬上のツベヒが、馬につないだそりを指さす。ライドスは疲れ切った顔をして、声も出ないようだった。

 「ツベヒ君、例のものはあったか」

 ツベヒはニヤリと笑って、また橇の方を見る。

 「ありましたが、二瓶ふたかめだけでした。食料は、小麦と干した果物とお茶ですね」

 かめが二つなら、一人一口くらいしか飲めないが、最後の日に全員の結束を高めるために使うことができるだろう。

 タルカ将軍との約束の期日まで、あとふた月しかない。途中でルビアレナ村へ立ち寄ることを考えると、余裕を見ると数日中に出発する必要がある。ハーラントには予定を伝えているので、今日あたりには三人と兵士達にもはなしをしておかなければならない。


 私とツベヒ、ジンベジとライドスは同じ小屋で寝起きしている。食事も同じだ。

 燃料の都合で、夜だけ小屋の中にあるかまどで干し肉のスープを温める。調理の熱を暖房にも使うのだ。肉はたっぷりとあるが、調味料は塩だけであり、少しだけ干した根菜を入れる以外は味の変化もない。羊を解体するときに脂は別に取り分けられて、灯油にも使われるので、ひたすら硬い肉を噛んで飲み込むのだ。これほど毎日肉ばかり食べていて、体の調子が悪くなったりしないのかとも思うが、不思議に風邪を引いたりするものはいない。干した根菜になにか秘密があるのだろうか。

 「食事をしながらきいて欲しい」三人の注目が集まるのを待ってから続ける。「タルカ将軍から受けた指令のことだ」

 疲労困憊した顔のライドスが、ギョロリとこちらを見た。ツベヒとジンベジは黙々と食事を続けている。

 「先日、都で私はタルカ将軍から直接命令を受けた。来るべき決戦のために、私たちは騎兵部隊を組織してギュッヒン侯の軍を後方から攪乱かくらんする。敵の兵站へいたんを襲い、騎兵を引き付けて、決戦の場からできるだけ遠ざけるのが目的だ。春分祭りの日までには、本国へ戻っている必要があるので、二日後にはここを出発し、ナユーム族などに協力を求めることになる」

 「ザロフ隊長、もう少し具体的な計画を教えていただければ、わたくしなりに案出あんしゅつすることもできますが」

 最近、まるで良いところのなかったライドスが、必死になっているのがわかる。

 「すまない、後方攪乱が主任務なんだ。作戦は臨機応変だ」

 ライドスは、目に見えて落胆する。

 「だが、ここにいる三人は西方の地形にうとい。君の見識には期待しているぞ」

 はじめてライドスが笑顔をみせた。

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