帽子
ツベヒとジンベジを連れて冬営地に戻ると、先ほどの場所に所在なく立ちつくしているアコスタが見えた。
「おい、アコスタじゃないか。無事だったのか」
ジンベジが馬を飛び降りて、アコスタを強く抱きしめる。たった六十名の部隊なのだから、顔見知りであるのは当然だろう。むしろ、名前と顔を覚えていない私の方に問題があるかもしれない。
「ほかにもチュナム守備隊の連中は来てるのか」
「ルエニエルやカルスもいる。リートゥルもだ。お前が無事でうれしいよ」
アコスタは嬉しそうにジンベジの肩を叩く。この様子なら問題ないだろう。
「ほかの脱――兵士も敵の陣地跡にいるはずだ。雪が本格的に積もるまでに、こちらへ連れてきてほしい」
いまから取って返せば、明日の日暮れまでにチュナム集落に戻れるだろう。自分の天幕に隠してある、ルビアレナ村の鍛冶屋たちから預かった銀貨をもってもう一度東に向かうのだ。
「ツベヒ、ジンベジ。兵士たちには仕事を与えてやってくれ。働かざる者食うべからずだからな。あと、全員を馬に乗れるようにしておいて欲しい。鞍が足りないかもしれないので、順番に練習させてくれ。ひと月くらいはしたら戻ってくるから、それまでに全員を立派な騎兵に仕上げるんだ」
そういい残すと、まだ片付けられていない私の天幕に向かう。
寝床の横にある、なんの変哲もない大きなずた袋の底から正銀貨十枚を引っ張り出して、上着の内側に移しておく。これで合計正銀貨二十枚を託されたことになるが、まだほとんど食料を送っていないので、今度こそ責任を果たさなければならない。そのとき、背後に人の気配を感じた。
「オッサン、どっかいくのか」
振り返ると、そこにはユリアンカがいた。
「ユリアンカさん、怪我が治って本当によかった」
間抜けなことばしか出てこないのがもどかしかったが、それが私なのだから仕方ない。
「オッサンに世話をかけたことは、兄貴からきいてる――」
沈黙が続いた。
「そこは、ありがとう、だな。ありがとうっていうんだ」
病人の白い顔に、朱が差した。
「オッサン、ありがとうな」
ユリアンカが恥ずかしそうに笑いながらつぶやいた。
「これから王のいる都に向かう。戻るまでひと月ほどはかかるだろうから、体調を戻しておけよ。戻ったら久しぶりに手合わせしよう」
「うん、楽しみにしてるよ」
屈託のない笑顔は、年相応にみえる。もう少しユリアンカとはなしをしたかったが、もう一歩踏み込む勇気がなかった。いい年をしたオッサンが、なにを恥ずかしがっているのかとも思う。
その気持ちはユリアンカも同じようで、なかなか天幕から出ていこうとしなかった。
「ハーラントに寒さに強い馬を一頭借りてきてもらえないか。雪の中を進むことになるから、足は遅くても頑丈な馬がいい」
まるで、ここから追い出したいような言い草だったが、快活な返事とともにユリアンカは天幕をでていった。
より分厚い外套、綿入りの肌着、水をしみ込みにくくする靴の覆いなどを取り出し、素早く着替えていく。本当は体を拭いてスッキリしたかったが、風邪をひくおそれがあるのでやめておくことにした。人ひとりがやっと入れる、簡易型の天幕も用意する。完全に雪が積もった屋外で寝るのは自殺行為だろう。必要なものは、これですべてだろうか。少し考え、念のために半弓を持っていくことにした。小動物を捕まえることできれば、食料を補うことができるはずだ。剣はいらない、短剣だけでかまわない。それに、黒鼻族から預かった大量の羊毛を袋に詰め込んだ。黒鼻族の羊毛は高額で売れるはずだ。
あらかた準備ができたところで、息を切らしたユリアンカが勢いよく天幕に飛びこんできた。
「オッサン、雪の中進むんだったらこれがあった方がいいよ」
その手には、毛皮で作られた帽子が握られていた。
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