責任

 アコスタは冬営地に残し、私はハーラントとツベヒを呼びにいくことにした。雪が積もりはじめたのであれば、残された時間はあまりない。

 ハーラントが馬の上から羊たちを追っているのを見つけ、大声で声をかける。

「ハーラントさん、少しいいかな」

「おお、ローハン。戻ってきていたのか。羊の世話に人手が足りんから、お前も手伝ってくれ」

 今日の族長は上機嫌で、馬を巧みに操って羊たちの群れを誘導していた。

「残念ですが、雪が積もる前に終わらせなければならない仕事があります。しかし、人手不足についてはなんとかなると思いますよ」

 ハーラントの横に馬の轡を並べ、脱走兵が十人以上いることを伝えた。ほとんどが馬に乗れないが、鍛えれば騎手として羊の世話を任せるくらいにはなるであろうことや、場合によってはホエテテのようにキンネク族の一員になりたいものも出てくるであろうことをはなすと、ハーラントは思いのほか喜んでくれた。

「とりあえずはツベヒが私の代理になります。あの男は若いが、将来は優れた指揮官になるはずです。文句をいう奴は、ジンベジが懲らしめてくれるだろうから心配しなくてもいいですよ」

「我に文句をいうような、骨のある男がいれば頼もしいがな」

 先日、私はツベヒを副官に任命することにした。ジンベジの方が長く私のもとで戦ってくれていたし、先任ということでジンベジを副官としてもよかったのだが、指揮官としての資質はツベヒの方が高いと考えたのだ。槍の扱いが巧みで、個人的な武勇に優れたジンベジは優れた兵士だが、組織をつくり、秩序を維持するような几帳面な性格ではなかった。ジンベジにこのことを告げると、はじめひどく落胆したが、すぐに思い直したように笑顔をみせた。もともとツベヒとジンベジは仲が良かったし、出会った頃からツベヒが指揮官で、ジンベジが雰囲気を和ませる役だったのだ。これはジンベジに対する借りであり、いつかその借りを返す必要があるだろう。

「そんな恐れ知らずはいないだろうと思いますよ。なにをするべきかはツベヒに伝えてください」

「ローハン、お前はどうするんだ」

 筋肉ダルマの族長は、怪訝そうな顔をしている。

「雪が本格的に積もる前に、私はぜひとも都にいく必要があります。今後のことや、春になってからの戦いことをあらかじめ協議しておかないと、きっと困ったことになります」

「戦いなどやめてユリアンカをめとり、我らキンネク族とともに暮らすことは考えないのか」

 少し寂しそうにハーラントがつぶやいた。戦いが好きな鬼角族とは思えないような顔だった。

「そういうのも悪くありませんね。しかし、残念ながらギュッヒン侯は私を許してくれないでしょう。降伏条約の署名を見て、今頃怒鳴り散らしていると思いますよ」

 条約の書面には、ハーラントの代理として私の署名をした。ギュッヒン侯がそれを見れば、怒り心頭で私を殺すためにここへ軍を送るだろう。ギュッヒン侯の勝利を妨げるためには、敵の側面であるこちらから攻撃を仕掛ける必要がある。

「よくわからんが、それが必要だと思うなら、そうすればいい」

 ハーラントと別れると、私はツベヒとジンベジを探しに馬を進めた。

 すぐに二人を見つけると、ツベヒとジンベジに脱走兵が秋営地にいることを伝え、こちらに連れてくるように頼んだ。念のため、鬼角族の騎兵を十騎ほど連れていくことを付け加えて。

「私は少しここを離れるから、あとはツベヒの指示で動いてくれ」

「教官殿、どこにいくんですか。新入りたちが多いと、俺たちのいうことをきかないんじゃないかと思うんです」

 ジンベジの心配はもっともだったが、いまは雪と時間との戦いだ。

「何人かは、もともとチュナム集落にいた兵隊だ。指揮はツベヒに任せればいい。大丈夫だな」

「はい、隊長の期待を裏切らないようにいたします」

 ツベヒの表情に不安はない。

「ジンベジ君。自分では気がついていないかもしれないが、君の槍の腕前はなかなか大したものだぞ。すでに、君の腕前は名人級だ。自信を持て。そして、ツベヒを助けてやってくれ」

 不安そうなジンベジの顔が少しやわらいだ。指揮官には有形無形の責任という重圧があるが、ジンベジはそれを背負うだけの覚悟がないように思えた。いまも、自分が指揮官でないということに安堵の息をついているだろう。これこそがツベヒを指揮官に選んだ理由なのだ。

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