イブレルの町
毛皮の帽子は、思ったよりずっと暖かかった。
着ぶくれて弓と短剣だけを持つ姿は、まるで猟師だ。しかし、馬に乗る猟師はいないので、弓の得意な遊牧民というところか。ユリアンカと別れ、元気な馬に乗り換えて東へ進んでいた。
夜は一人用の天幕で眠るが、寒さのために浅い眠りになり、馬上でうつらうつらと居眠りをしてしまう。誰もいないチュナム集落では羊たちの空き家の中に天幕を張ったので、少しだけ寒さを防ぐことができたが、ターボルの町には寄らなかった。
町に立ち寄らず野宿を続けると、少しづつ体力が奪われていくのがわかる。しかし、近隣の町では顔が知られている可能性が高い。いろいろ考えた結果、できるだけ町には寄らず、六日ほどは東に進んでイブレルという町に向かうことにした。イブレルはターボルを一回り大きくしたような町であり、城壁もなく商店もたくさんあるという。間男のギュッヒン侯の息子を殺し、ターボルへ送られるときの私は、世の中のことなどどうでもよくなっていたので、間違いなく通過したイブレルがどのような町であるかというような記憶は全くなかった。ツベヒやシルヴィオに、一般人として訪れるならどの町がいいかときいた結果、選んだのがイブレルの町なのだ。ただ、正確な地図もないので、無事にたどり着けるとも限らないのだが。
結局、六日目の日が暮れ、ても、イブレルの町にたどり着くことはできなかった。昼間に探すのが難しいのであれば、町の明かりを当てにして探すしかない。寒さに凍えながら、イブレルのありそうな方向に馬を進める。
ハーラントが替え馬として用意してくれたのは、軍馬ではなく荷車を引いていた馬で、歩みは遅く、走らせても速度はでないが、雪の中を着実に進んでくれる。雪が積もりはじめ
夜半をすぎる頃、地平線に北東に星の光ではない明かりが見えてきたので、自分の計算が間違っていなかったことに少し安堵する。ただ、この時刻に町へ入ることはいらぬ好奇心をよぶ可能性があるので、今日も野宿をすることにした。一人用の天幕を張り、火も使わずにそのまま横になる。ガタガタ震えているうちに、意識が薄れていった。
日が昇る前に、また寒さで目がさめる。朝いちばんに町へ入るのも、やはり普通ではないので、このまま昼くらいまで時間を潰す。寒さで固まった体を柔軟体操でほぐし、馬の体をブラシでこすってやると、馬は心地よさそうな嘶きをあげた。本当は、六の鐘の時間まで待つべきなのだろうが、することがなくなり、体の限界でもあるので、馬を連れて町へ向かうことにした。
遠目に見ても、家の数はターボルの倍はあるだろう。町へ近づいても警備の兵士の姿は見えない。この町が戦場となるとは、誰も考えていないということだ。このまま、旅の商人のような雰囲気で、町へ入ってみることにしよう。宿があるのであれば、寒さを気にせずにぐっすりと眠りたいと心の底から思っていた。
町には壁も門もない。大きめの集落という雰囲気だが、戦争とは無縁な平和の風が吹いているように思えた。馬を降りて手綱を握る。軍馬ではないということが、一目で誰にでもわかる駄馬であることが心強い。
宿を探したいところだが、まだ昼にもなっていないので不審がられるだろう。疲れた体に鞭を打ち、黒鼻族の羊毛を買い取ってくれそうな店を探すことにした。雑貨屋なら、こういったものを買い取ってくれるのだろうか。それとも布を扱っている服屋か。看板を見ながら数件の店員に声をかけるが、うちでは買い取っていないといわれるだけで、どこにいけばいいのかも教えてもらえなかった。
三件目の雑貨店に入ろうとした時、後ろから声をかけられる。
「おい、さっきから見ているが、あんたなにを探してるんだ」
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