異教徒

 そもそも、すでにキンネク族には二百本の大太刀がない。

 我々との戦いで死んだ戦士の大太刀、百本以上は鹵獲ろかくしたし、その多くは本隊が撤退した際に東方へ持ち去られている。ここにいるすべての大太刀を集めても百五十本というところだ。ない袖は振れない。しかし、大太刀が二百本ないということは、戦える騎兵が二百人以下であるということを露呈してしまうことになる。

「百本だ。遊牧生活のためには、それが限界になる。これ以上は不可能だ」

 果たして百本もの大太刀を集めることができるのだろうか。ハーラントはこのことに納得するのだろうか。確信が持てないが、休戦の条件としては悪くはない。

 オステオ・ギュッヒンは、また面白そうに私の顔を見つめる。窮地に陥ったオッサンの姿を見て、ほくそ笑んでいるのか。

「まあいいだろう。百本の大太刀を、すぐに渡すのであれば、君たちの名誉あるを認めよう」

 この場で武器を渡したとしても、敵が撤退しなければ意味がないのだ。結果的に食料不足で撤退することになったとしても、それは半月後になるかもしれない。その反面、敵にこちらの部隊が張子の虎であることを気づかれる危険は少なくなるだろう。

「ここから二千人の兵隊が撤退すれば、すぐにでも百本の大太刀を渡すよ。キンネク族のハーラント王は、妹君まいくんの命を助けるために協定を結ぶ気持ちになってるんだ。引き延ばそうとしたり、時間稼ぎをするならば、鬼角族と黒鼻族がどれほど恐ろしい戦士かということを身をもって知ることになるぞ。全部隊がここから撤退するのに、どれくらいの時間がかかる」

「いまから撤退の準備を始めるなら、準備が終わったころには日が暮れているだろうから、出発は明日だな」

「それじゃあ、今晩にでも出発してもらいたい。こちらも、武器を相手に渡した後に襲われるとたまらないから、暗闇の方が都合がいい」

 渋い顔をしたオステオ・ギュッヒンが、困ったようにいう。 

「まさか暗くなってから夜襲をかけるわけじゃあないだろうな。こちらの弓兵が使えなくなるのを待ってから騎兵で蹂躙するつもりではないのか」

 そういう手もあるのか。たしかに弓兵が使えなければ、こちらの騎兵の生き残る率は格段に上がるだろう。

「日が暮れる間際に、鬼角族の大太刀を百本あつめて渡すようにするよ。それならお互いに安心できるんじゃないか」

 どちらも相手を信用していないが、戦いを終わりたいという意思は感じられた。オステオ・ギュッヒンも、こんな辺境で意味のない戦いを続けたくないのではないだろうか。

「よし、それでいい。お互いに降伏文書へ署名しよう。ハーラント王がここに来るのか」

「鬼角族に文字はない。私が代理で署名するが、ハーラント王には署名のかわりに親指で血判を押すことになっている」

「ぜひ会ってみたいものだな、ハーラント王に」

 その表情は、おもちゃを欲しがる子どものようであった。

「私たちの陣に来てもらえれば、紹介できると思いますよ。来ますか」

「そんな間抜けにみえるかな。人質にするつもりだろう?」

 二通の文書に、オステオ・ギュッヒンが署名を終えた。私はその下にハーラント王の名前を書き込み、二通の文章をイングに手渡した。

「下の署名の横へ、ハーラント王に血判を押してもらってきて欲しい。私はここで待っているから、急いで頼むぞ」

 うなずいたイングは、飛ぶように陣地の外へ駆け出した。

 敵陣に一人残された私は、オステオ・ギュッヒンにはなしかける。

「神官様に力を借りたい。傷が化膿し、熱が出る兆候がある。今から大至急ケガ人のところは向かってくれないか」

「ゼンコ神官、君に頼みたいんだがお願いできるかな」

 声をかけられた男は、おずおずとこちらに近づいてくる。

「救いを求める人に救いを与えるのは本意ですが、異教徒にその力を使うのは禁止されています」

 思ったより低い声の神官に、私は最高の笑顔を向ける。

贈物ギフトはヴィーネ神が与えたもうた奇跡なんですよね、神官様。ならば、贈物ギフトをもつ妹君が異教徒のはずはないと思いますよ」

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