交渉

 恋愛の駆け引きでは、押すと逃げられ、引くと追いかけられるという。

 世話人のいうままに結婚し、恋愛などとは無縁の私には恋の駆け引きなどというものはわからないが、冷静になってみると、一方的に条件を提示して相手が納得しなければ、すぐに帰ることを交渉とはいわないということは理解できる。

 殺気が消えた。

 いま一度胸を張り、振り返ってオステオ・ギュッヒンに向きなおる。

「交渉は決裂したと思ったんだが、違うのかな」

 戦うことを恐れない歴戦の勇士のように見えていることを祈りながら、できるだけ落ち着いた声で答える。

「交渉というのは、互いに条件を出しあって、お互いにどのくらいのところで納得できるかを話し合うことではないのか。ザロフ小隊長は気が短いな」

 鷹揚な態度は生まれの良さによるのか、嫌味も焦りもなく平然とした様は、指揮官として見習いたいものだった。

「こちらからも条件を出させてもらう。それに納得できないのであれば剣で解決しよう」

 私がうなずくのをみて、オステオ・ギュッヒンは続ける。

「書類に降伏などと書かれていても、なんの意味もないと思わないか。間違いなく鬼角族が降伏したということを人々に知らせるためには、百――いや二百騎ほど私たちと共に都へ同行してもらいたい。鬼角族の身の安全は私が約束しよう。鬼角族の騎兵とともに凱旋すれば、誰もが私の勝利を疑わないはずだ」

 異民族を征服し、その異民族を従えて凱旋するというのは珍しいことではないし、古代にはよくおこなわれたことだ。問題は二百の騎兵を用意できないことだが、そのことを伝えるわけにはいかない。

妹君まいくんの命を助けるために、仲間を二百名も命の危険がある場所に送るような王は、間違いなく殺されてしまうだろう。鬼角族の王は、無能であれば追放されたり殺されたりすることも珍しくない。その提案を受け入れることはできないと思う」

 基本は世襲であるときいていたが、力のあるものや、特に優れたものが族長の地位を奪うこともあるということはハーラントからきいていた。

「困ったな。いくら私が勝ったといっても、それを証明するものがなければ、父の前に戻ることはできない」

 オステオ・ギュッヒンは、どこか遠くを見るような眼差しで、なにかを懸命に考えているようだった。

「だったら、こういうのはどうだ。鬼角族はみな、たいそう立派な大太刀を持っているというじゃないか。それを渡してもらおう。武器がなければ戦うことはできないから、降伏したというあかしになる。大太刀を渡してもらえるなら、私たちは鬼角族を無力化したと報告することができる」

 キンネク族と暮らしてみて、実際のところ男たちが大太刀を使う機会を見ることはほとんどなかった。日常生活において使わない大太刀を捨てることは、条件としては悪くない。だが、戦士たちが自分たちの魂ともいえる大太刀を捨てることを、簡単に認めるだろうか。

 大太刀そのものは、またルビアレナ村の鍛冶屋たちに頼めば用意してもらえるだろうが、先祖から受け継いだ大太刀への愛着という要素がある。ハーラントはキンネク族の戦士たちを説得できるだろうか。

「その条件なら説得できるかもしれないが、ハーラント王に確認を取りたい。少し時間が欲しい」

「ザロフ小隊長は全権を委任されているときいたが、間違いだったのかな」

 オステオ・ギュッヒンの顔に意地悪な笑顔がうかぶ。

 協定について、全権を委任されているといったのは私なのだ。

「大太刀は家畜の解体などにも使う。全てを渡すことはできない」

 戦闘用の武器を家畜のために使うということは考えられないが、ここはオステオ・ギュッヒンにそういった知識がないことに賭けることにした。

「あの大太刀で家畜を解体するのか。それは考えられないと思うが――まあどうでもいい。大太刀二百本がこちらからの条件だ」

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