胆力

「興味深い提案であることは認めるが、こちらにはこの協定を受け入れることによる利点がない」

 オステオ・ギュッヒンは、笑いながらいった。

「このまま、補給部隊を攻撃し続けて、ここを干上がらせることもできるんだぞ。そうなれば、どのみちここを撤退せざるを得なくなるはずだ」

「そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。兵士の五百も送って、確実に物資を運んでくることもできるし、もっと多数の騎兵を後方から送ってもらうという方法もある」

 たしかに、私のことばは、そうなるかもしれないという未来について語っているだけにすぎない。補給部隊を襲撃し、少なくとも半月は食料などの補給がないであろうことが事実であっても、それを証明することはできない。もし、私が相手の立場であっても、実際に補給部隊がこないという事態が起きない限り、休戦協定など結ぶことはないだろう。

 はじめから、休戦協定を結ぶことなど無理だったのだ。敵の補給を断ち、疲弊させた上で交渉を持ちかけたのであれば、あるいは成功したかもしれないが、その時間はなかった。ユリアンカを救いたい一心で、うかつな作戦を立てた自分の愚かさが情けなかった。

「あくまで私は、ハーラント王の代理でここに来ているのです。戦いたくはありませんでしたが、仕方ないい。戦いの場にて雌雄を決しましょう」

 このあとどうするべきか。

 鬼角族は馬で戦場を離脱できるだろうが、羊たちは逃げ切ることができるのか。実際に戦力といえるのは、騎兵百五十程度にすぎないし、敵の陣地と弓兵の前に容易に討ち取られるだろう。

 自信があるよう見せるため、伸ばしていた背筋が自然と丸くなり、こうべを垂れる。

「ちょっと待ってくれ! 親父もだ」

 突然、イングが叫んだ。

 副官の顔がみるみる赤くなり、怒鳴り声をあげようとするが、その声を制して更なる大声が響きわたった。

「俺の名前はロイミュー・イング。ケンカばかりして、いつも営倉に入れられていたので、俺のことを知っている奴もいるだろう」

 イングはあたりに視線を走らせた。

「俺は、ここに食料を運んでくる馬車隊にいた。調べればわかるはずだ。その俺が、ローハン隊長とここにいるのがどういうことかわかるか?」

「黙れ下郎!」

 ひと声あげて、私たちをここまで連れてきた大男がイングを取り押さえようと掴みかかるが、イングの左拳が顎先を一閃すると膝から崩れ落ちる。イングが倒れた男を指さした。

拳闘ボクシング贈物ギフトだ。この贈物ギフトを持つ人間は、めったにいないはずだ。補給隊の俺がここにいるということは、ここに食料が送られてくることはないってことだ。わかるか!」

 胸甲をつけた騎士が、副官の耳元になにかをささやく。

「俺たちは、チュナム集落を襲撃し、ターボルの町に焼き討ちをかけた。ひと月はここに食料が運ばれることはないぞ。逃げてきた騎兵の中には、そのことを知っている奴もいるはずだ。えらく余裕を見せているが、これが話しあいで解決できる最後の機会になるぞ。親――ローハン隊長は、チュナムでもターボルでも、できるだけ敵の兵隊を殺さないようにしろと命令をだすような優しい指揮官だ。今は敵と味方だが、こんな辺境で人間同士が殺し合いをしても仕方ないだろ」

 まさかイングに、これほどの胆力があるとは思ってもいなかった。雲の上の上官にむかって啖呵たんかを切るとは。

 少しだけ心が軽くなる。

「イング君、これも天命だ。戦うしかないのであれば、軍人らしく潔く戦場でけりをつけよう」

 踵をめぐらせ、オステオ・ギュッヒンに背を向けて歩き出そうとした時、背後から強烈な殺意が浴びせられた。副官のナザツォワだろう。どちらにしろ、戦闘になるなら、使者を生かして帰す必要がないと考えたのかもしれない。膝の力が抜け、足を踏み出すことができなくなる。

「ローハン・ザロフ君! まだ交渉は終わっていないんじゃないかな」

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