三つ目の条件

 ここまでは想定通りの展開だ。

 実際に戦ったことのない相手としては、こちらの戦力をいかに誇張しようとも、半数しかいない敵兵を脅威とみなすことはないだろう。はじめから休戦条約など結ぶことができるとは思っていない。

「その答えは予想していた。三つ目の理由をはなしてもいいかな」

 オステオ・ギュッヒンは、少し驚いたような顔をして私をみつめた。この落ち着き払った若造を驚かすことができるとは、私もまだまだ捨てたものではない。

「三つ目の理由は、ハーラント王の妹君まいくんが大ケガをして、いま生死の瀬戸際にある。傷口が化膿し、熱が出はじめた。医学の力では、王の妹君を救うことができない。助けることができるのは奇跡だけだ」

 そこまでいうと、オステオ・ギュッヒンの後ろにたたずんでいる神官に視線を向ける。

「鬼角族の家族愛は絶対のものだ。もし、そこの神官が妹君を助けてくれるなら、ハーラント王は君たちに強く感謝の念を捧げるだろう。それは貸しになる。妹君を助けてもらえるなら、ハーラント王は君たちに恭順することもいとわない。つまり降伏するということだ」

「その貸しは、君たち裏切り者の身柄を引き渡すことで返してもらうこともできるのかな」

 もちろん、その可能性について考えなかったわけではない。イングがまた拳を握るのがわかる。

「それはハーラント王の考え次第だな。妹君のためなら、私たちなど簡単に引き渡すかもしれないし、そうしないかもしれない。ただ、こちらからの条件はすでに書面にしてあるから、それを見てもらいたい」

 そういうと、腰の袋から二通の紙を取り出した。

 私が紙を差し出すと、副官が近づいてきてひったくるように奪い取る。内容を一瞥すると、そのうちの一通をオステオ・ギュッヒンへ手渡した。

「オステオ・ギュッヒンは、キンネク族の王ハーラントと以下の協定を結ぶ」

 そこまで読み上げると、若き指揮官は視線をあげた。

「準備のいいことだな。これは君が書いたのか」

「もちろん私が書いた。キンネク族にも他の兵士にも、正式な外交書類を書けるものはいないからな」

 文頭にオステオ・ギュッヒンの名前を書いたのも、この協定が敵側から提案されたものであるという体裁をとるためだ。

「一、協定締結後、キンネク族は軍を撤退させ、どのような形であってもオステオ・ギュッヒンの兵士を攻撃しない。一、オステオ・ギュッヒンは年の初めにキンネク族へ小麦を三百袋送り、キンネク族は代償として羊百頭を支払う。一、オステオ・ギュッヒンの要請に応じ、キンネク族は相応な代償のもとに騎兵を派遣する」

 たった三つの約束だが、文面を見るかぎりにおいて、オステオ・ギュッヒンがキンネク族に対して攻撃をさせないという一方的な約束をさせたように見える。小麦三百袋に対して羊百頭というのは極めて常識的な交換比率なので、どちらにとっても相手に一方的な入貢をおこなっているということにはならない。要請に応じて派兵するということは片務協定のようだが、相当な代償という文言がある限り、キンネク族側にも拒否する権利があることになる。

「――これだけなら、こちらが勝ったようには見えないな」

「だったら、こうしよう。机を用意してもらえないか」

 そういうと、私は携帯用のペンとインクを取り出した。公式な文章は、すべて同じペンとインクで書き込まれるべきなのだ。偉丈夫の指示で、すぐに机が用意される。

 わざと空間を開けていた文頭に、それぞれ同じ文言を書き込んだ。


 <降伏条約>


「これでこちらは降伏し、そちらが勝ったように見えると思うがどうだろう。もちろん、文章にはしないが、条約を結んだ後に西方から軍を撤退してもらう。そして、神官さんもしばらく借りていく」

 オステオ・ギュッヒンは、なにかを値踏みするような表情のままこちらを見ていた。

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