懐刀
若き指揮官が手を振ると、副官と私以外の全員が会談の場から離れていく。地面に伸びている歴戦の勇士は、ほかの兵士に引きずられていった。
「ここにいるのはあなたと私、そして副官のナザツォワだけだ、ザロフ小隊長。本音ではなしをしてもらいたいが、いいかな」
オステオ・ギュッヒンが、妙にくだけた感じになった。なにか考えがあるのか、それとも私を懐柔しようという腹なのだろうか。
「仲間の不利益にならないことであれば問題はありませんよ」
「率直にいうが、あなたの忠誠は金で買えるかな」
率直すぎる質問の内容は、ある意味で
「無理だ。金では買収されない」
自分でいうのもなんだが、本当に私はつまらない男だ。気のきいたセリフの一つも、口から飛び出すことがないのだから。
「まあ、そうだろうな」そういいながら、オステオ・ギュッヒンは首をすくめた。「では、あの寄せ集めの連中で、本当に私たちに勝てると思っているのかな」
ハッタリでごまかすべきか、それとも正直に答えるべきか。正直に答えるという選択肢はないだろう。
「勝つのは難しいだろうな。どれほどの強兵であれ、数で倍する敵を全滅させるのは難しいだろう」
オステオ・ギュッヒンの顔に笑顔が浮かんだ。
「だが、戦いになれば君たちは、鬼角族や黒鼻族を甘く見ていたことを後悔することになる。特にあの羊たちは危険だ。鬼角族は勇敢だが、死を恐れないというのとは違う。羊たちは、まるで生きている死体のようなものだ。君たちには死体と戦うことが、どれほど恐ろしいことか想像できないだろうがね」
鬼角族が、どの程度の力を持っているかということは、軍人ならある程度の予想はつく。大男ばかり集めた精鋭軽騎兵部隊を想像すれば、それほど間違いではない。だが、モフモフたちがどのように戦うのかの想像はつかないだろう。角の有無が男と女の違いであることすら知らないオステオ・ギュッヒンには、四百五十人の黒鼻族全員がよくわからない能力を持った兵士の様にみえているはずだ。たとえ五十本の投げ槍以外武器がない
「だったら、戦わずに済んだことはお互いにとって
たしかにそうかもしれない。オステオ・ギュッヒンは鬼角族を屈服させたという名誉を、私たちは無駄に失われたかもしれない人々の命を得た。そしてユリアンカの命も。
「こちらからも、一つ質問があるんだが、かまわないかな」若き指揮官はうなずいた。「軍神ギュッヒン侯が軍を率いて反乱を起こしたなら、現在の国王など一蹴できたのではないかと思うのだが、なぜこんなに長引いているんだ」
副官の偉丈夫が口を挟もうとするが、オステオ・ギュッヒンが再びそれを制した。
「あのエンテリア・タルカが国王についているんだ。あいつさえいなければ、三日で父が新国王になっていたはずだ」
エンテリア・タルカ、ギュッヒン侯の
ギュッヒン侯の戦い方を熟知した男が国王側についていたのであれば、そう簡単に反乱は成功しなかっただろう。軍神は自分の影と戦っているような気持になったのではないか。
「ありがとう。謎がすべて解けた。立場は違うが、君は信頼できる男だということは理解した。早く国に戻り、父君を助けてあげるといい」
ギュッヒン侯が勝利すると一番困るのは私なのだが、そのことは黙っておくことにした。
「ところで、ザロフ小隊長。私はどこかで君の名前をきいたことがあるような気がするのだが――」
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