敬意

 説得に手間取ったが、私たちと鬼角族の戦士たち全員で、敵の兵士の亡骸を南側の壕に埋めることになった。一刻も早くここから逃げ出したいが、捕虜を一人も取らず全員殺したことを隠蔽いんぺいするためにも、死体をそのままにしておくわけないはいかない。

 死体を運ぶのと同時に武器と馬を集めるおくよう頼むと、鬼角族たちは蜘蛛の子を散らすように姿を消した。敵の指揮官に気のきいたものがいれば、部隊を再編してバラバラのこちらの部隊を攻撃することもできるのだが、幸運にも敵に優れた指揮官はいなかったようだ。

 二十人の死体を四人で運ぶと、二人一組で十往復になる。まだ死んでいない可能性も考え、武器を奪ってから足と頭を持って運ぶ。鎧を着ているものは特に重く、目の前にある壕へ運び込むのにも一苦労だった。

「隊長、こいつまだ生きてるようですよ」

 シルヴィオの声に、急いで騎士の近くに駆け寄ると、蒼白な顔をしてはいるが、たしかにまだ体を震わせているのが見えた。鎧の右肩の部分に穴があいており、投槍が肩を傷つけたのがわかる。左の太ももからも激しく出血しているので、投槍を二本以上くらったのだろう。

「おい、あんた大丈夫か。ちょっと待ってろ」

 着ている鎧を脱がそうとするが、血まみれになった革紐が外れず、なかなか脱がすことができない。仕方なく革紐を短剣で切り、胸甲を外すと手桶ですくったほどの血が流れ出した。直感的に、これは無理だと感じるが、できることはやっておく。

 懐から洗いさらした布を取りだし、傷薬を塗って肩の傷口に強く押し付ける。その上から布を巻き、これ以上血が失われないようにする。そのまま、太ももの付け根にある動脈を縛り、傷口には薬を塗った布を巻く。水袋を口の近くに持っていくと、唇を突き出したので、少しずつ喉に流し込んでやると弱々しく飲み込んだ。

 これ以上の処置はできないので、そっと地面に寝かせて置くことにする。

「すまんが、今はこれだけしかできない。運が良ければ助かるかもしれないな。狼に食われないよう、君の仲間は葬っておく。君たちの仲間が戻ってきたら、正式に埋葬し直して欲しい。私たちはすぐにここを去る」

 男からは返事はないが、こちらのことばは届いているだろう。この男が死のうが生きようが、どうでもいいという気持ちがないといえば嘘になる。ただ、人が無駄に死ぬことへの嫌悪感はあるし、少なくとも負傷者を助けようとしたと、敵に印象づけたいという打算もあった。もし、この男が生き残れば、それはヴィーネ神の加護があったのだろうし、死んでしまうのも運命だろう。

「教官殿、こいつも死んでないみたいですよ」

 ケガ人を手当てしていると、ジンベジが別の騎士を連れてきた。負傷はひどく、助かるかどうかもわからないが、やはり同じようにケガの手当てをおこなうことにする。

 そうしているうちに、鬼角族たちが、捕獲した馬に死体を乗せて集まりはじめた。鞍は血まみれだが、鬼角族たちは使わないので気にしている素振りはない。

「イング君とツベヒ君は、シャベルを持ってきて遺体に土をかぶせて欲しい。ジンベジ君とシルヴィオ君は、鬼角族が運んできた兵士にの中に生きている者がいないか確認してほしい。それと、槍を集めておいてくれないか」

 脱力した死体は運びにくく重いので、四人は疲れ切っていたが、あとひと働きだと声をかける。シャベルが二本しかないので、本当に土をかぶせるくらいのことしかできないが、死者への敬意の問題だろう。

 結局、もう一名生きている軽騎兵をみつけて、ケガの手当てをおこなうことになった。生存者は合計三名。合計四十八人の死体を並べ、土をかぶせ終わったころには、初冬の太陽はすっかり沈んでいた。

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