勝鬨

 訓練トレーナー贈物ギフトは、あくまでも訓練のためのもので、実戦、つまり殺意にさらされると体が動かなくなる。この事態も想像していたので、臨機応変に羊たちの投槍の投擲を指示するよう、ツベヒにはあらかじめ命令をしていた。

 敵の騎士たちが吶喊とっかんの声をあげた次の瞬間、ツベヒが冷静に命令を発した。

「右列投擲開始!」

「メェェエエエ!」

 ヤビツがその声に反応し、黒鼻族のことばで復唱する。

 ほんの三十歩程度の距離だが、重い鎧や鎖帷子を身につけた騎士たちにとって、その三十歩は遠かった。

 前回の投擲のさい、誰が誰を狙うかという指示ができなかったので、一人で複数の投槍を受けるものがいる半面、まるで攻撃を受けないものもいた。ツベヒは羊たちを二つの集団に分けることで、無駄な攻撃を減らそうと考えたのだろう。

 十五本の槍が宙を舞い、騎士たちの体に吸い込まれ、バタバタと敵が倒れる。

「左列投擲開始!」

「メエェェェエエ!」

 残りの十五本の投槍が、騎士たちを貫く。

 立っている騎士は三名ほどになったが、幸運な騎士たちは、羊たちの目の前まで近づき剣を振りかぶった。

 こんどはシルヴィオの方から弓音が鳴り、まさに剣で斬りつけようとした男の鼻の横あたりに矢が突き立った。距離が近いので、風魔術は使わずに弓を射たようだ。

 もう一人の騎士は、羊の後ろから突き出された槍の穂先に右肩を痛打され、もんどりうって倒れた。ジンベジだ。

 最後の騎士が、その片刃の軍刀で羊の一人に斬りつける。重い一撃を、逃げるでもなく黒鼻族の投擲手はその左肩で受け止め、真っ赤な鮮血が飛び散った。

 ところが、周囲の羊たちは逃げようともせずに、殺される仲間をじっと見つめていた。

「メエェ!」

 あまりにも深く斬りつけたので、肉に刃が食いこんで軍刀が抜けなくなった騎士を五本の槍が乱暴に貫いた。予備の投槍を、別の羊たちが投げたのだろう。肩を斬りつけられた羊は、そのまま倒れこんで動かなくなる。仲間が死んだ悲しみも、敵を倒した喜びも羊たちには見えない。仲間ではあるが、喜怒哀楽が欠如したように見える黒鼻族たちは不気味であった。

 羊たちは誰がはじめるでもなく騎士に突き立った投槍を抜き、投槍器アトラトルに乗せると、倒れている騎士たちに力いっぱい投げつけはじめる。地に伏した、まだ命のあったかもしれない騎士の体は、その衝撃で激しく跳ね上がり、残っていた小さな命の炎もかき消された。

「ヤビツ君、やめろ! 攻撃中止だ。攻撃するな!」

 表情ではわからないが、羊たちにも仲間を殺されたという怒りはあるのだろう。

「攻撃中止! 攻撃中止!」

 羊たちの前に回り込み、両手を広げてやっと投槍をやめさせた頃には、生き残っている騎士は一人もいなくなっていた。

 どうするべきか途方にくれていると、ハーラントたちが騎兵を集めて戻ってくる。族長は血の海をみて、ニヤリと笑った。

「おお、ローハン。こっちは徹底的にやったみたいだな。我々の方はまったくだ」

 鬼角族の騎兵達が、それほど減っていないことに安堵しながら被害と戦果を確認する。

「こちらは五人やられたが、敵の騎兵は三十ほど倒したぞ。敵のケガ人はから心配するな」

 結局、敵の捕虜は一人も生まれなかったようだった。殲滅戦は敵の怒りを買い、戦いが長期化するので避けたかったところだが仕方ない。味方の被害が少なかったことは幸いだが、それより敵の軽騎兵が百騎以上残っていることが問題だ。黒鼻族がこちらについたことも、いずれ敵にしれてしまうだろうから、このチュナム集落を放棄して羊たちを新天地に導かなければならないだろう。

「敵の軽騎兵が百以上残っているのは気になるが、ここでの戦いは終わりだ。敵を五十人殺し、こちらは六人を失った。戦いは勝利だといえる。ハーラントさん、勝鬨かちどきをあげてくれ」

 嬉しそうなハーラントは、大きな声で勝鬨をあげた。

 私たちにはわからないことばだが、鬼角族たちの表情から、みな勝利を誇っているようだった。

 速やかに事後処理をおこない、さっそく移動をはじめよう。今度は西へ進むことになる。

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