伝言役

 もともと、鬼角族の騎兵に対してつくった壕だ。

 騎兵が真っすぐに突っ込んでこられないように、壕の端と端が重なり、馬を進めるのに躊躇ちゅうちょするようなつくりになっている。壕の中から投槍を持った羊が出てくる可能性を考えると、敵がためらうのもわかる。だが、すぐに三投目の投射がないことに気がつき、こちらへ向かってくるだろう。

 すぐに勘のいい敵の騎手が、浅い壕をひらりと乗り越え、剣を真っすぐ伸ばして馬を走らせる。

「教官殿、任せてください」

 手甲鉤を身構えるイングの前に、ジンベジが槍を片手に飛び出す。

「この反逆者め。槍のジンベジとは俺のことだ」

 一喝すると槍を敵の前に突き出すが、敵の騎兵もそのことを予想していたようで、槍の螻蛄首けらくびを切り落とそうと軍刀を振るう。

 背中しか見えないが、たしかにジンベジがニヤリとするのがわかった。

 軽く突いた槍を素早く手元に引き戻し、敵が軍刀を空振りすると、その勢いのまま騎兵の喉のあたりをどうと突く。槍が突き刺さった手ごたえを感じながら、軽くひと捻りすると、騎兵の喉からパッと赤い花が咲き、そのまま背中から落馬する。

 贈物ギフトはないらしいが、ジンベジの槍はなかなかのものだ。

「おい、親父は俺が守るんだ。余計な手出しするな小僧」

 イングがジンベジに毒づくが、正直なところどちらに守られてもかまわない。生きた彫像のように立ちつくす私は、敵にとっては格好の的なのだから。

 続いて、壕と壕の間をぬって五、六騎の騎兵がこちらへ向かってくる。ツベヒも、先祖代々伝わっているという腰の剣を抜き放ち、敵に備えた。

 ジンベジの長物は騎兵に有効だが、ツベヒの剣や、イングの手甲鉤はどうみても分が悪い。今度こそ危ないのではないか。地面にへたり込むくらいはできるので、敵がここまでくれば、後ろに倒れ込むべきか。だが、馬にそのまま踏みつけられると大怪我ではすまないのではないか。どこか他人事のように敵の軽騎兵をながめるが、足が震えて逃げることができない。

「ローハン、待たせたな!」

 後ろから、たくさんの馬蹄の音がきこえる。ハーラントたちが戻ってきたようだ。

 向かってきた敵の軽騎兵の注意がそちらに逸れると、羊たちの潜む壕からシルヴィオが飛び出し、背後から風魔術で推進力を増した矢が射かけられる。矢はあらぬ方向へ飛ぶが、その風切り音は敵騎兵たちの注意を引くには十分であった。一瞬だけ羊たちの伏せている壕に注意が集まったとき、背後から迫った鬼角族がその大太刀で敵の軽騎兵に斬りかかる。この局面では、数的優位はこちらにある。

「徹底的に戦っていいんだな、ローハン。やるぞ! 徹底的に!」

 敵の騎兵と鬼角族が切り結んでいる間にも、族長は戦いへの渇望を抑えきれなかったようだ。

「イング君、徹底的にやれと、族長に伝えてくれ」

 直接の殺意が消えたので、今度は少しだけ大きな声でイングに伝言を頼むと、その銅鑼声が響きわたった。

「徹底的にやれ! 親父も了解済みだ! 敵を皆殺しにしろ!」

 皆殺しにしろなどという命令は出していないし、出すつもりもないが、いまさら訂正することはできない。別に、敵の兵士へ同情したわけではない。全員殺されるのであれば降伏する兵士など出ないし、そのためにより多くの味方の血も流れるだろう。だが、現状では乱戦のなかでいちいちトドメを刺す時間はないし、敵の捕虜をとるとしても、戦闘がある程度落ち着くまでは考えられない。

「イング、敵の騎兵がいなくなれば、羊たちに投槍を回収するように命令を出してほしい。もう一投、敵の騎兵に投槍を食らわせば、勝てる」

 こちらの顔を見たイングは、なんともいい笑顔をみせた。

 すぐれた贈物ギフトを持ちながら、長らく誰にも相手にされなかった男は、伝言役ではあるが、皆に命令をくだすことに喜びを感じているようだ。

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