作戦の第一段階

 ハーラントがなにかを叫ぶと、鬼角族の騎手たちは一斉に馬首を巡らせた。混乱や動揺もなく、全員が族長に従うところはさすがといえる。全身をガクガクと震わせる私が、やっとのことで馬を御し丘陵の方に向いたときには、すでにほとんどの騎兵が斜面を登りはじめていた。

 気がつくと部隊の殿しんがり、というか最後尾にいることに気がつくが、震えのためにこれ以上速く馬を駆ることはできない。このままでは私だけが敵に追いつかれるのではないかと思い、後ろを振り向くが敵の歩みは予想より遅かった。重騎兵を中央に配置し、両脇を軽騎兵が固める横列を崩さないように進む敵兵は思ったより遅く、このままの速度ならなんとか逃げ切れるだろう。

 斜面を登りきると、壕の手前にはジンベジとイング、シルヴィオとツベヒが待っていた。騎乗せず、徒歩で武装した四人に大声で指示を出す。

「ジンベジとイング、ツベヒは壕の後ろに立て、囮だ。シルヴィオは壕の中で詠唱して準備、重騎兵を狙ってくれ。ヤビツは指示あるまで隠れていろ」

 震えのために、かすれた声になったが、命令は届いたようだ。

 壕の後ろにまわしてから馬を降り、三人とともに並ぶ。

「すぐに敵がくる。私が合図したら、壕のヤビツに投擲の命令を出して欲しい」

 三人から、同時に了解の返事があった。

 すぐ近くに、馬のひづめの音が近づいてくるのがきこえる。斜面を登っているにしても遅いのは、重騎兵を先頭にしているのだろうか。弱まった殺気が再び増し、膝の震えが激しくなる。

「そろそろ、敵の騎兵がくるぞ。用意しろ」

 私の声は、誰にも届かなかったようで、三人はじっと南の斜面を見つめていた。腹に力を込め、もう一度大きな声で叫ぶ。

「そろそろ敵の騎兵がくるぞ。用意しろ!」

 今度は、かろうじて声が届いたようだ。

「親父、この新しい武器で敵に目にもの見せてやるよ。期待してくれ」

 イングの両手には、以前ヤビツに渡した手甲鉤を改造したものが装着されていた。拳闘ボクシング贈物ギフトなら、普通の武器よりもこういった武器の方が適しているはずだが、正規兵にはこういった邪道な武器は許されない。ジンベジも、なにかいおうとしていたが、その声は重騎兵の蹄の音でかき消された。

 重騎兵を先頭に、斜面を登り切った騎兵達がこちらへ向かってくるのが見える。曇天の下でも、磨きあげられた重騎兵の馬具がきらめいていた。重騎兵は二十騎ほど。以前見たとき、たしか重騎兵は全部で三十はいたはずだが、全員は連れてこなかったのだろうか。

「用意!」

 ささやくような私の命令を、ジンベジとツベヒが大声で羊たちに伝える。

 マズい。

 羊たちに、重騎兵を相手にするときの心得を伝えていない。

 投槍は矢より重量があるが、速度は劣る。モフモフたちは、思っていたより腕力があるが、鋼の鎧を貫くだけの力があるのだろうか。もし、鎧に効果がないのであれば、馬を狙うよう指示しておくべきだった。

「放て!」

 ジンベジとツベヒの号令で、壕から立ち上がった羊たちが一斉に槍を投擲する。

 三十本の投槍が、二十騎の重騎兵に向かって飛んだ。

 距離は一番近いところで二十歩というところだ。以前見たときより、あきらかに羊たちの腕前は上がっていた。投槍器アトラトルを使って、ひたすら投槍の訓練を積んだのであろう。

 吸い込まれるように、三十本の槍は騎士たちの胸甲に吸い込まれる。

 人の筋力では威力が不足して、貫通しえないものかもしれないが、羊たちの筋力と熟練は予想以上であった。

 過半数の投槍は、重騎兵の胸甲を貫き、その反動で鎧を着た騎士は馬から転げ落ちたものもいる。

 あぶみに足が絡まり、馬に引きずられる騎士を見ながら、作戦の第一段階が成功したことを確信した。

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