作戦の第一段階
ハーラントがなにかを叫ぶと、鬼角族の騎手たちは一斉に馬首を巡らせた。混乱や動揺もなく、全員が族長に従うところはさすがといえる。全身をガクガクと震わせる私が、やっとのことで馬を御し丘陵の方に向いたときには、すでにほとんどの騎兵が斜面を登りはじめていた。
気がつくと部隊の
斜面を登りきると、壕の手前にはジンベジとイング、シルヴィオとツベヒが待っていた。騎乗せず、徒歩で武装した四人に大声で指示を出す。
「ジンベジとイング、ツベヒは壕の後ろに立て、囮だ。シルヴィオは壕の中で詠唱して準備、重騎兵を狙ってくれ。ヤビツは指示あるまで隠れていろ」
震えのために、かすれた声になったが、命令は届いたようだ。
壕の後ろにまわしてから馬を降り、三人とともに並ぶ。
「すぐに敵がくる。私が合図したら、壕のヤビツに投擲の命令を出して欲しい」
三人から、同時に了解の返事があった。
すぐ近くに、馬の
「そろそろ、敵の騎兵がくるぞ。用意しろ」
私の声は、誰にも届かなかったようで、三人はじっと南の斜面を見つめていた。腹に力を込め、もう一度大きな声で叫ぶ。
「そろそろ敵の騎兵がくるぞ。用意しろ!」
今度は、かろうじて声が届いたようだ。
「親父、この新しい武器で敵に目にもの見せてやるよ。期待してくれ」
イングの両手には、以前ヤビツに渡した手甲鉤を改造したものが装着されていた。
重騎兵を先頭に、斜面を登り切った騎兵達がこちらへ向かってくるのが見える。曇天の下でも、磨きあげられた重騎兵の馬具がきらめいていた。重騎兵は二十騎ほど。以前見たとき、たしか重騎兵は全部で三十はいたはずだが、全員は連れてこなかったのだろうか。
「用意!」
ささやくような私の命令を、ジンベジとツベヒが大声で羊たちに伝える。
マズい。
羊たちに、重騎兵を相手にするときの心得を伝えていない。
投槍は矢より重量があるが、速度は劣る。モフモフたちは、思っていたより腕力があるが、鋼の鎧を貫くだけの力があるのだろうか。もし、鎧に効果がないのであれば、馬を狙うよう指示しておくべきだった。
「放て!」
ジンベジとツベヒの号令で、壕から立ち上がった羊たちが一斉に槍を投擲する。
三十本の投槍が、二十騎の重騎兵に向かって飛んだ。
距離は一番近いところで二十歩というところだ。以前見たときより、あきらかに羊たちの腕前は上がっていた。
吸い込まれるように、三十本の槍は騎士たちの胸甲に吸い込まれる。
人の筋力では威力が不足して、貫通しえないものかもしれないが、羊たちの筋力と熟練は予想以上であった。
過半数の投槍は、重騎兵の胸甲を貫き、その反動で鎧を着た騎士は馬から転げ落ちたものもいる。
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