徹底的に

 丘陵の上からみると、南側には枯草色の平原がどこまでも続いている。

 広く布陣している鬼角族の騎兵たちは、馬上から地面に落ちた布切れを奪い合う遊びに興じており、もうすぐ戦いになることなど気にも留めていない様子だった。

 少なくとも日中は、四方に見張りを置いたこの集落に奇襲をかけることは不可能であり、どの方角から敵が近づいてきても容易に対応できる。敵の騎兵がこちらを追跡しているのであれば、数日でこのあたりまで来るはずだ。人間の兵士なら壕を掘らせるところだが、鬼角族たちは穴掘りに慣れていないだろうし、道具もない。敵をおびき寄せるためにし、そのままチュナム集落に逃げ込んでくるという作戦が、現状では最善の策だろう。投槍を渡された羊たちが、さっそく投擲の練習をしていた。


 敵の姿が見えたのは、三日すぎた午後のことだった。なかなか敵の姿が見えないので、追跡されていると考えていたのが間違いで、本隊と騎兵がそろって西から姿を見せるのではないかと心配していたが、南から現れたことが、私たちを追跡していたことを証明していた。

 はじめに南から斥候の数騎が姿を見せ、その後に本隊が前進してくるのが見える。こちらは、当初からの作戦を実行するだけだ。さらに、敵の攻撃を誘うため鬼角族の六十騎をふもとに展開し、残りの三十騎は羊たちの集落に隠している。

「教官殿、敵の中に例の鎧を着た連中が混じってませんか。キラキラ光ってる一団が見えますよ」

 ジンベジの叫び声に目を凝らすと、たしかに金属のきらめきが敵騎兵の中に見えた気がした。

 ギュッヒン侯の末っ子が私たちを壊滅させたいと思うのであれば、軽騎兵部隊だけでは戦力が不足している可能性は高い。だが、自分の護衛をすべて投入する決断力があるとは思わなかったし、ギュッヒン侯から護衛として派遣されている重騎兵がそれに従うとも考えてもいなかった。オステオ・ギュッヒンは無能ではないようだ。

「少しマズいことになった。ハーラントのところへいってくる」

 ひとことジンベジにいい残して、馬に乗り丘陵を下っていく。麓では、馬首を並べたハーラントが今にも突撃をはじめようとしていた。

「ハーラント、少し待ってくれ。ハーラント!」

 族長が馬上でこちらに振りかえる。

「なんだ、ローハン。敵はすぐそこまで来ているんだ。しゃべっている暇はないぞ」

 まだ、敵の突撃ははじまっていないので、体の震えは起こっていない。

「作戦変更だ。敵に重騎兵がいる。敵が突撃をはじめたら、一目散にチュナム集落に戻ってくれ」

 みるみるハーラントの顔が紅潮し、大声で怒鳴った。

「この我に逃げろというのか。一太刀も交えずに!」

「いい争っている場合じゃない。ユリアンカは剣の達人だったが、あの鎧にやられたんだ。あんたが大丈夫でも、仲間が死ぬぞ。死ぬことを恐れないのはいいが、それでは犬死だ」

 負けじと怒鳴り返す。

「ユリアンカの仇を取らなくていいのか。逃げるんじゃない。敵に一撃加えてから、徹底的にぶちのめすんだ」

 興奮したハーラントの表情が、急に冷静なものへと変わった。

「徹底的といったな。徹底的に戦うといったな」

 寡兵しかいない場合、まともには戦わず、敵の弱いところ、予想していないところを攻撃するのは用兵の基本だ。だが、より大きな戦果をあげるために、犠牲を覚悟で戦わなければならない時もある。

「ああ、徹底的に戦う。敵を皆殺しにしなければ、この戦いには勝てない。たくさんの人が死ぬが、キンネク族の誇りとして、未来永劫語り継がれるだろう」

 ハーラントがうなずいたとき、私の体がブルブルと震え、敵から突撃の声がきこえた。

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