欠落
ヤビツによると、本来の黒鼻族が持つ角は真っすぐ天に伸びるものだったらしい。チュナム集落の人口が減るにしたがって近親婚は一般的になり、神の定めに逆らったことで、神罰として捻じれた角が増え、このままでは、いずれ神が黒鼻族を見捨ててしまうという。神に見捨てられるというのは、黒鼻族にとっては死よりも恐ろしいことであり、その寵愛を取り戻せるのであれば、村を捨てることなど造作もないことだという。
「君たちの同族がいるということを、私たちが自分の目で確認したわけではないんだぞ。シルヴィオが嘘をつくとは思えないが、あくまでも伝聞にすぎない。もちろん、私は君たちが同族に出会えるように最善を尽くすつもりだが、不確定な情報に命を賭けるのは間違っていないだろうか」
「ローハンしゃんは、私ぃたちに戦って欲しぃくないのでしゅか」
ヤビツは首を
「ああ、戦ってほしくないよ。君たちは平和を愛する尊敬するべき人々だから、私たちの戦いには巻き込みたくない。しかし、君たちの応援がなければ私たちは勝てないから、困っているんだ」
バババババという、短い断続的な音がきこえた。
ヤビツをみると、だらりと舌を伸ばして、体を痙攣させている。
これが黒鼻族の笑い声だということを思い出すのに、あまり時間はかからなかった。
「あなたは、私ぃたちのことを勘違いしぃていましゅ。私ぃたちも、戦う理由があれば命をしゅてることをおしょれましぇん」
以前も、ヤビツは黒鼻族に臆病者はいないといっていたが、それこそが心配なのだ。鬼角族は勇敢で死を恐れないが、敵が多すぎると逃げるだけの判断力はある。本当の戦士は、逃げることをためらわない。だが、鬼角族との戦いで見た羊たちは違った。
羊たちは本来臆病なのだが、死を恐れるという概念がないのだ。隣で仲間が死のうと平然と前進し、そのふわふわの羊毛を血まみれしてもたじろぐことがない。ふだんは少し大きな音にさえ逃げ惑うのに、戦場での
「わかった、ヤビツさん。あなたの力を借りることにする。見返りは、あなたたちを同族と会わせることだ。私の命の限り、この約束を実現させる努力をしよう」
満足そうに首を縦に振るヤビツに、さっそく具体的な指示を与える。
「チュナム集落の南にある、私たちがつくった壕に君たちは伏せていて欲しい。鬼角族のハーラントさんが、敵をそこまで導いていく。投槍は六十本しかないので、腕のいい戦士を三十名集めて欲しい。足りない
ヤビツが姿を消し、私は一人で裂けた天幕の近くにたたずんでいた。
勝つにしろ負けるにしろ、明日すべてが決まるだろう。敵の軽騎兵に大打撃を与えなければ、敵の本隊を退けることはできない。
仮に勝利を収めたとしても、敵の本隊への対応、羊たちの避難など、その後のことも考えなければならない。戦いが終わったあとに、計画を立てていては間にあわないのだ。書物の中で、英雄たちがいとも簡単におこなっていることが、とてつもなく難しい問題として私を悩ませる。
気がつけば、東の空が白みはじめていた。
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