禁忌
羊のヤビツ、族長のハーラント。人間からは、私とジンベジ、ツベヒとホエテテが集まったので、作戦の概要を説明する。イングには席を外してもらった。
作戦そのものは単純だ。南の斜面にある壕に羊たち三十人を伏せ、敵の突撃を誘って投槍で打撃を与える。ひるんだ敵を左右の鬼角族の騎兵で包囲殲滅する。問題は、斜面の上にあるこちらの陣地に、敵が攻撃をしかけてくるかということだ。
「隊長、相手の騎兵は最大で百五十くらいなんですよね」
ツベヒが口を開いた。
「そうだな。おそらく百三十騎くらいになっていると思っているが、最大数なら百五十といったところだろう」
「鬼角族の騎兵は精強です。陣地を利用した防衛線で待ちかまえる敵に、わざわざ攻撃を仕掛けてくると思いますか」
鬼角族ということばにハーラントが露骨に嫌な顔をしたが、非難を口に出すことはなかった。たしかにツベヒのいうとおりなのだ。以前の鬼角族との戦いでは、明らかに劣勢に見える兵力であったからこそ、こちらの陣地への突撃という選択を選ばせることができた。対等な兵力なら、この丘陵を包囲して本隊の増援を求める可能性が高い。もちろん、このチュナム集落を包囲したとしても、こちらが兵力を集中して一点突破で攻撃すれば突破は容易だ。そうなることを考えると、包囲などしないかもしれない。
「そうだな、わざわざ不利な状況で攻撃はしないだろうな」
ツベヒの降伏が偽りで、実は私たちを間違った方向へ誘導しようとしている可能性はないだろうか。いや、それはない。私も、はじめから敵に攻撃させる方法が思いつかず、この作戦を成功させる困難さには気がついていた。
「ならば、我が軽くひと当たりして、ここまで逃げてくるというのはどうだ」
それが、もっともわかりやすい解決法であることは理解している。しかし、今後の戦いのことを考えると、鬼角族の騎兵を少しでも失いたくないのだ。
「ハーラントさん、最終的にはその作戦を選ぶかもしれないが、今はできるだけキンネク族の騎兵は減らしたくないんだ」
「ローハン、我らの
今度は羊ということばに、ヤビツが反応するが、自分たちのことではないと理解したようだ。
誰かが名案をひらめいて、問題をすべて解決するようなことは現実には起きない。古今東西の戦史を学んだつもりだが、敵をおびき出すための方法というのは、敵将の悪口を全員で叫んだり、敵の信じる神をけなしたりすることくらいしか記録には残っていなかった。
「わかった。それではハーラントさんに、この作戦で一番重要な部分を頼もう。だが、あくまでも敵をおびき寄せるための攻撃だから、できるだけ自分の命を大切にするよう徹底してほしい」
族長は、嬉しそうに笑顔をみせた。
「それでは、今晩はゆっくり休んでくれ。ヤビツ君は少し残ってほしい」
「ヤビツ君、少しはなしをききたいんだがいいかな」
大きな羊は、そのうつろな瞳で私を見つめた。あたりが暗いと、ただでさえ乏しい表情は、まるで大きなぬいぐるみ人形のように見える。
「戦いがはじまる前に、もう一度確認しておきたい。私たちとともに戦うということは、敵の報復攻撃の対象になるということだ。私たちの味方をしてくれるのはうれしいが、長年暮らしたこの村を捨ててまで、なぜ君は戦う決意をしたんだ。納得できる理由がないのに、君たちを巻き込むことは間違っている気がしてしかたないんだ」
しばらく、こちらをじっと見つめていたヤビツは、意を決したようにはなしはじめた。
「ローハンしゃん、私ぃたちチュナムどくは、長い間一人で暮らしぃていましぃた。この村には、五しゃく人がいましゅが、みな家どくでしゅ。家どく同士で結婚しゅるのは、神の教ぃえに反しぃましゅ」
近親婚が禁忌だとしても、五百人規模の村なら実害のある問題は生じないのではないかと思ったが、私たちの物差しで測ってはいけないのかもしれない。
「神の教ぃえに、反しぃた罰がこれでしゅ」
ヤビツは、ねじれて前方に飛び出た右の角を、
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