のどかな風景

 数名の見張りを残し、鬼角族たちは外套に身を包んで、てんでバラバラに眠りについた。戦いが終わり、興奮が引くと恐ろしく眠くなるというが、おそらくそういうことなのだろう。

 私のところには、槍で突かれたり、弓で射られたりして怪我をした鬼角族の戦士がたずねてきたので、応急処置をしておいた。幸いにもケガは軽く、明日以降も戦えそうだ。

 奪い取った荷馬車から、あらたに十本の投槍をつくれる計算なので、これで用意した投槍は七十本になる。以前の戦いで鬼角族に使った待ち伏せ戦法では、せいぜい二投までしかできなかったので、投槍兵のために準備しなければならない投槍器アトラトルは三十五個という計算だ。羊による投槍部隊を三十五名、半個小隊程度用意できれば、敵の軽騎兵にかなりの打撃を与えられるはずだ。

 半刻で三個、二刻半あれば投槍器アトラトルを十五個作れるだろう。朝まで見張りをかねて起きていれば、ちょうどいい眠気覚ましにもなる。シルヴィオやジンベジ、ツベヒには眠るように命じ、寒さの中で、荷馬車から剥がした板から、鉈で投槍器アトラトル削りだしていく。

 平たい板から、大雑把に前と後ろにかぎがついたかたちを切り出し、とりあえず十五個の部品を用意した。次に短剣を抜いて、木材の角を削り、後ろ側になる木材の鉤の部分を細く尖ったものにする。ここが投槍に力を伝える部分だ。本当は、槍をのせる部分である溝をきれいに彫る必要があるが、時間がないので軽くナイフの先端で溝を削る程度にしておいた。細かい造作ぞうさくは、移動中にでもおこなえばいい。

 火の気のない、底冷えする草原で黙々と投槍器アトラトルをつくっていると、私はすでに死んでいて、神々に永遠に投槍器アトラトルをつくる罰を受けているような気分になる。

 その寂しい気分は、馬の小さないななきや兵士の寝言で中断され、そのたびに私は自分が生きていることを再確認できた。

 次第に東の空が白みはじめると、寒さは最高潮に達し、吐く息が白くなるのが見える。

 薪にする材料はある。この見晴らしなら、奇襲を心配する必要はないだろう。炊事の煙が敵を引き付けるかもしれないが、温かいものを腹に入れる方が兵士たちの士気をあげるはずだ。

「ジンベジ、シルヴィオ、ツベヒ。起きろ。朝だぞ」

 私の声に、三人は外套の中で体を伸ばし、疲労の為、あまり大きく開かないまなこをこすった。

「三人とも起きてくれ。荷馬車はもう使えないから、薪にしてなにか温かいものでも作ってくれないか。スープでも香草茶でもかまわない。鬼角族の連中にも振舞ってほしい」

 そこまでいってから、百人の兵士にスープやお茶を用意するために必要な道具も、水もないことを思い出した。

「いや、すまない。今の命令は忘れて欲しい。かわりに荷馬車を壊して、焚き火をつくってくれるかな」

「おはようございます、教官殿。焚き火をつくるのはいいですが、煙は問題ありませんか」

 あくびをしながら、ジンベジが起きてくる。ツベヒはいろいろなことがありすぎて疲れたのか、なかなか目をさまさなかった。

 起きだしてきたシルヴィオも、こちらへ視線を向けていた。

「大丈夫だ。朝飯を食べれば、この場所からは移動する。温かい飲み物が用意できないなら、せめて体くらい温めてやりたい。明日か明後日には命を賭けた戦いになるからな」

 ジンベジがツベヒを起こし、三人で横倒しになった荷馬車へ向かっていく。くびきやかじ棒、車軸と荷台の板が取り除かれた荷馬車の前で、三人はどうしたものかと思案しているようだった。

「隊長、このままここで燃やしてしまうのはどうですか」

 シルヴィオの提案を断る理由がなかった。今から時間をかけて薪をつくるより、大きな焚火に皆であたる方がいいかもしれない。

 しばらくすると、特大の焚き火が燃え上がり、それに気がついた鬼角族の戦士達も集まってきた。

 戦いが近いというのに、その風景はひどくのどかなものだった。

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