計算違い

 東に昇りはじめたばかりの月へ向かい進む私たちの荷馬車の周囲に、少しづつ鬼角族の騎兵達が集まってくる。ツベヒが乗る荷馬車が、私たちの中で一番遅いのだが、その大きな車輪の音をききつけて近寄ってくるのだ。一刻ほど進み、ターボルの町から十分に離れたのを確認してから、戦車チャリオットを止める。

「シルヴィオ君、集合の合図だ」

 シルヴィオは、風魔法を使わずに立て続けに鏑矢を二本空に射た。今度は短い断続的な音ではなく、高く長い音だ。

 松明から泥をはらい、麻縄をほぐした火口に火をつけて、松明に火を燃え移らせる。

 ターボルの町からも、この火は見えるかもしれないが、騎兵の姿がなかった以上追撃される恐れはないはずだ。

 音と火の合図により、ハーラントを含む鬼角族が続々とあつまってきた。

「ハーラントさん、被害はどのくらいだろう」

「この暗闇の中で、そんなものわかるわけないだろうが。町を燃やすといっていたが、全然火の手が上がらなかったのはなぜだ」

「すまない、私の計算が間違っていたようだ。町には、ほとんど物資がなかった。燃やすものがなければ、火の手があがらないのも当然だろう」

 ハーラントは、少し冷めた目で私の顔を見ていたが、続々と集まってくる仲間に声をかけ、戻ってきていない兵士がいないか確認しているようだった。だが、それを待っている時間はなかった。

「ツベヒ君、馬を荷馬車から離してくれ。この荷馬車は壊して、槍と投槍器アトラトルの材料にする。車軸とかじ棒から投槍を、荷台から投槍器をつくるぞ」

 馬と荷馬車が分離されると、ツベヒと二人で荷馬車を横倒しにし、車輪を叩き壊して車軸を抜いた。特に硬い木でつくられている車軸は、きれいに両断するのにかなりの技術を要するので、私がおこなうことにする。

なたで棒の端に切り込みを入れて、そのまま真っすぐ刃先を下に落とすんだが、慣れないと左右どちらかに偏ってしまう。こればっかりは教えようがないから、よく見ているんだぞ」

 うなずくツベヒの前で、数度鉈を車軸の中心に打ち込み、バランスをみてから一気に鉈ごと車軸を地面に叩きつけると、鉈の刃は真っすぐ車軸の中心に入っていった。

「半分くらい鉈が入れば、あとは一気にいくのがいい」

 そういいながら、強く地面に車軸を打ちつけると、一本の車軸はちょうど二つに割れて落ちた。

「これを半分ずつにすると、四本の投槍ができ――」

 ハーラントが私を呼ぶ声がきこえたので、ツベヒにはとりあえず四本分の投槍をつくるよう頼み、族長の方へ向かう。

「戻ってきていないのが三名。ケガをしているのが四名いるが、手当すれば戦えそうだ」

 そこまでいうと、肉ダルマのような族長は、突然頭を下げた。

「すまん、ローハンよ。焼き討ちができなかったのは、我らの責任だ」

 燃やすものがなかったのだから、責任も何もないはずだ。ハーラントがなにをいいたいのか、よくわからなかった。

「どうも、こいつらが持っていると弓を射かけられるというので、村に入る前にほとんど松明を捨ててしまったらしい。もちろん敵はたくさん仕留めたが、食料を燃やすなどということを誰も考えなかったようだ。お前の計画を台無しにしたのは、こいつらの責任だ」

 ハーラントが、まわりの鬼角族を指さすと、松明を捨てた負い目があるのか兵士たちは恥ずかしそうに笑っていた。物資があるに違いないという判断の誤り。松明を持つことで、弓で射られやすくなるという誤り。

 すべては私の判断の誤りで、三名も戦死者がでているというのに、鬼角族は不満をちりほども感じていないようだった。大太刀についた血糊をぬぐいながら、おそらく殺した相手の数を自慢しているのだろう。戦うことができたことに、みな満足そうな表情をしていた。

「ハーラントさん、悪いのは私だ。三名の死者がでたことを申し訳なく思う」

 族長は目を丸くしていた。

「おい、ローハン。戦えば死ぬ者が出るのは当たり前だろ。なにをいっているんだ」

 人間との感覚の違いだろうか。戦死者を気遣う様子はまるでない。

 だが、これで鬼角族はハーラントを入れて九十一人。私たち五人を加え、この部隊の総員は九十六人となった。

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