失敗

 暗闇の中で松明たいまつを持っていると、弓のいい的になる。騎乗して高い位置にいるならなおさらだ。弓の的にならないためには、止まらずにずっと動き続けなればならない。ターボル守備隊にどれくらいの弓兵がいるかはわからないが、ツベヒによると五十名ほどの兵士しかいないということなので、大きな被害は受けないだろう。私たちを追跡してきた軽騎兵達が、先にターボルに到着しているということもありうるが、その可能性は極めて低いと考えていた。

 町が近づくにつれ、私の体の震えはどんどん激しくなり、いまからまさに戦いが起きることを実感していた。全力をふりしぼり、馬をぎょす。私たちの戦車チャリオットの横には、ジンベジとツベヒが並走している。ツベヒは右手に松明を握っていたが、弓の的にならないように左右に振りながら馬を進めている。ターボルの町からは、少しづつ人の怒鳴り声がきこえはじめ、私たちの近くに矢がかすめていく風切り音が鳴った気がした。できるだけ早く町に入らなければならない。ターボルの町の中心には、以前の西方軍団大隊本部があった広場があり、物資を置いておくならあそこだろうと私は目星をつけていた。

 鬼角族の騎兵達より少し遅れてターボルに突入すると、町は真っ暗で、どこからか金属のぶつかる音や、人間の兵士の怒号、鬼角族の叫び声がきこえてきた。期待した火の手はどこにもあがっておらず、物資を焼き討ちにする作戦は完全に失敗しているようだった。

 ターボルは狭い町だ。記憶にある広場らしき場所がすぐに見えてきたが、予想していたような小麦の袋や干物を積み上げた山はなく、空の荷馬車が二台置かれているだけだった。

「隊長、なにもないですね」

 シルヴィオのつぶやきに、ひきつった笑い声で返事をかえして、戦車チャリオットを広場に乗り入れる。体の震えがほとんどないということは、このあたりに殺意を持った人間がいないということだ。

「ツベヒ君。もう松明は消してくれ。作戦は失敗だ。かわりに、この荷馬車を一台いただいていこう。君の馬をつないでくれ。やり方はわかるな」

 ツベヒが、しっかりとうなずくのが見えたが、顔を照らしていた松明はすぐに地面に捨てられ、馬を降りる音とともに、松明を踏みつける姿がみえた。

 すぐに暗闇があたりをつつむ。

 目が慣れると、ツベヒが自分の馬を荷馬車の輓具ばんぐつなごうとしているのがみえた。

 このまま逃げると、まるで戦果がなく士気が下がる可能性がある。私は、油壷を手に戦車チャリオットを降りると、もう一台の荷馬車に残った油をすべてふりかけた。ポケットから麻縄を取り出し、ほぐして油の上に置いておく。地面に捨てられた松明を拾いあげる。

「ツベヒ君、出発できるようになれば、すぐに声をかけてくれ」

 返事はなかったが、きこえていないわけではないだろう。

「シルヴィオ君、鏑矢かぶらやの準備を頼む」

 シルヴィオが、矢を合図のための鏑矢に持ちかえるのがみえる。

「隊長、馬車の準備ができました」

 ツベヒの合図に、荷馬車の上に置いた麻縄に向かって、火打石で火花を飛ばす。

 何度かカチカチと火打石を打ちつけると、麻縄をほぐした火口ほくちに小さな火がついた。

 唇を尖らせ、息を吹きかけて火が大きくなるのを待つ。火口の火が油に燃えうつると、次第に大きな火勢となり、あたりを炎の光が照らしはじめた。

「シルヴィオ君、合図だ」

 私の号令に、シルヴィオは空に向けて鏑矢を射る。

 風魔術の加速がついた鏑矢は、短い断続的な大音を出して天空に消えていった。

「月に向かって進め」

 メラメラと燃え上がる荷馬車を背に、私は戦車チャリオットに飛び乗る。

 ガタガタと大きな音をたてながらツベヒの荷馬車が進み、槍を構えたジンベジが、その前方で周囲に目を光らせていた。

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