昔話

 地面に押し付けられ、刃物で脅されている相手に、味方になるといわれても信用することはできないだろう。

 死にたくない人間はどんなことでも認めるものだし、そのことを恥ずかしいことだとは思わない。意味もなく殺されても、ただの死体になるだけだし、生きていればこそできることも多いはずだ。

「わかった。ツベヒ君は私たちとともに、逆賊ギュッヒン侯と戦ってくれるそうだ。ハーラントさん、こいつは信用できる男だ。私が保証する」

 残りの八人には見知った顔がないようなので、ツベヒに確認する。

「この中で、私たちとともに戦ってくれる兵士はいそうかな」

 少し考えてから、ツベヒは答えた。

「隊長、それより見張りのユーオは無事なんですか」

 こんな時でも、戦友のことを考えることができるとは、ツベヒという男の真面目さがよくわかった。笑顔でうなずくと、ツベヒが続ける。

「ここにいる八名は、みな真面目な兵士です。軍歴は私たちとほとんどかわらず、国のために西方軍団に志願しました。ただ、この八名がギュッヒン侯の支持者なのか、国王の味方をするのかはわかりません」

 ここで味方になるという言質げんちをとっても意味がないどころか、ツベヒを完全に味方とするためにも、何人かは西方の反乱軍と合流してもらわなければならないだろう。

「わかった。もうすぐ夜が明けるから、とりあえず全員を縄で縛らせてもらう。命の安全は約束するが、逃げようとするならその限りではないぞ。ハーラントさん、羊たちが起きてきて天敵を見つけると大事になるから、いったん丘陵を降りて休んでいて欲しい。昼には出発して、ターボルの町へ向かう」

「わかった。我の仲間も、久しぶりに大羊の肉を味わいたくなるかもしれんからな」

 そういい残すと、ハーラントは八名の兵士を連れて丘陵を下っていく。


 チュナム集落に残っているのは、私とジンベジ、シルヴィオとツベヒだけになった。

「ツベヒ君、久しぶりだな。私たちがいない間に、何がおこったのか教えて欲しい」

 ツベヒの語った内容は、シルヴィオからきいていたものとほぼ同じだった。突然の召集、東方への移動。気がついたときには西方軍団は壊滅的打撃を受ける。敗残兵はギュッヒン侯により再編され、ふたたび西方へ派遣された――。

 しかし、いくらギュッヒン侯が軍神とうたわれているとしても、このような短期間で壊滅した部隊を再編制できるものだろうか。そう考えていくと、簡単に西方軍団が壊滅した理由も見えてくる。戦う前から、西方軍団にはギュッヒン侯の支持者が浸透し、どこかで寝返るか妨害活動をおこなったのだろう。内部が腐っていたのであれば、いかなる大木といえども大風で折れてしまう。私たちの直属の上司であったワビ隊長は、ギュッヒン侯の支持者ではなかったので手ひどい攻撃を受けたのだ。

 かつては戦場での駆け引きで武名をせた英雄は、謀略でも一流であることを示した。だが、そのギュッヒン侯が勝利を逃したのだから、国王側にもそれなりの人物がいるのだろう。私たちのような下っ端には、具体的なことはなにもわからないが。

 私たち三人が昔話に花を咲かせていると、はなしに加われないシルヴィオがぽつねんとしているのに気がついた。疎外感というのは、時には裏切りの大きな理由となるものだ。ツベヒにシルヴィオを紹介し、シルヴィオの風魔術が、私たちの危機を何度も救ってくれたことを身振り手振りで大げさにななすと、シルヴィオの頬に紅がさした。夜明けが近づき、黎明れいめいの日の光が丘陵を照らしはじめると、懐かしいチュナム集落の姿が浮き上がってくる。

 次はモフモフ羊のヤビツだ。黒鼻族がどのような考えを持っているか、早急に調べなければならない。

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