正道

「隊長、あの人はお知りあいですか」

 シルヴィオが私の顔をのぞきこむが、私が答える前に隣のジンベジが大きな声を出す。

「おい、本当にツベヒか。生きてたのかよ」

 ジンベジは、地面に押さえつけられているツベヒのところまでいき、こちらへ訴えかけるような視線を向けた。ハーラントに頼むと、ツベヒを押さえつけている鬼角族がその手を離したので、ツベヒはジンベジの手を借りて起き上がる。

「お久しぶりです、ローハン隊長。これはどういうことなんですか」

 キンデン・ツベヒは下級貴族の三男坊で、真面目な男だ。副官のストルコムが他の部隊へ移動した後は、私のいない間の指揮官代理に任命していた。だが、ツベヒが私たちの味方になるという保証はない。

「それはこちらの台詞セリフだ。反逆者の部隊に手を貸すとは、どういうつもりだ」

 正直なところ、辺境で軍務につくような兵士に国王への忠誠心などほとんどない。逆に、軍人としての意識が強いなら、常備軍の数を減らした国王より、兵士の削減に反対したギュッヒン侯へ心情的に味方するだろう。だが、人前で国王への反逆を支持するほどの勇気を持つものは、あまりいない。もし反乱が失敗しても、私は仕方なくギュッヒン侯に従っていただけで、本心は国王への忠誠心を失っていませんでしたという言い訳ができなくなるからだ。末端の兵士ほどその傾向は強いだろう。

「それをいわれると、返すことばがありません。私たちの置かれた状況を考えても、これは国へ対する反逆です」

 生真面目なツベヒが、辛そうな顔で声を絞り出した。この若者も、大きな時代の波に翻弄されているだけなのだ。歴史は勝者によってつくられる。ならば、勝者が決まっていない今、なにが正しく、なにが間違っているかなど、私たちにはわからない。だが、私は極めて利己的な理由で、この青年を味方につけなければならないと感じていた。

「大まかなことは、このシルヴィオ君から説明を受けている。ギュッヒン侯も、君たちの中に大逆をただし、正道へ戻ろうとする気持ちがあることを知っている。だから、この西方へ君たちを派遣して、国王へもギュッヒン侯にも関係のない、鬼角族討伐という命令を与えたんだ」

 ツベヒだけではなく、他の八名にもきこえるように語りかける。

「しかし、それは間違っている。ツベヒ君も知っているだろう。私たちはすでに鬼角族を倒――」ハーラントがいることを思い出し、ことばを選び直す。「私たちは鬼角族と戦い、すでに友好関係を結んでいる。その証拠は、見てのとおりだ。反逆者であるギュッヒン侯は、絶対に喧嘩を売ってはいけない相手に、自分から喧嘩を売った。ギュッヒン侯の反乱など、西方の騎兵たちにとってはどうでもいいことだ。だが、自分たちの暮らす土地へ攻め込んできたのだから、鬼角族はしかるべき反撃をおこなう権利がある。私たちは、友人として、このハーラントさん達を助けているんだ」

 うつむいたツベヒは、なにもいわなかった。

「さあ、どうする。今なら、間違いを正すことができるぞ。私たちが勝てるという約束はできないが、もしここで手柄をあげれば、君たちを信用していないギュッヒン侯からのものとは、比べ物にならない報奨があるに違いない。命を賭けるなら、裏切者として小銭をもらうより、正道を貫いて私たちと戦う方が良くないだろうか」

 貴族の三男であるツベヒにも、一旗揚げて兄や両親を見返してやろうという気持ちがあるはずだ。ならば、ここで選ぶ道は一つのはずだ。

「隊長、こんな私を信用してもらえるのですか」

 この男なら信用できるだろう。同じ釜の飯を食った戦友で、責任感の強い奴なのだ。

「いつでも私は君を信頼している。さあ、残りの八人はどうするか決めて欲しい。私たちの仲間にならなくても、殺したりはしない。約束する」

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