陣羽織

 私たちの天幕にユリアンカを運び込むと、きれいに洗って置いてあった軍服を地面に敷き、その上にゆっくり体を横たえた。左肩から右わき腹にかけて革鎧がざっくりと裂けており、乾いた血がどす黒く固まっていた。どれくらいの傷かは、この状態ではわからない。額に手をやると、かなり熱をもっていることがわかる。

「ジンベジ君、もう一度はなしをきかせて欲しい。はじめからだ」

 ジンベジは少しだけためらって、ぽつりぽつりと話し始めた。

「ユリアンカさんと二人で、東へ東へ進んだんです。教官殿がおっしゃっていたように、フェイルの町にいる鬼角族の二人と交代するつもりでした。町まで四日ほどはかかると思っていたんですが、二日目の日が傾いた頃ころに、向こうから二人の騎兵がこちらに進んでくるのが見えたんです。はじめは鬼角族の斥候が戻ってきたのかと思いましたが、真っ白な上着を着ていて、金属が反射して光っているのをみて、味方じゃないのがわかりました」

 敵を見かければ、すぐに逃げるよう念を押したつもりだったが、ユリアンカの傲慢さがそれを許さなかったのだろう。

「俺は逃げましょうといったんですが、ユリアンカさんは二対二なら大丈夫だからっていきなり馬を走らせたんです。仕方ないので俺も追いかけました。相手も剣を抜き、大きく振りかぶったのをみて、ユリアンカさんがすれ違いざまに抜き胴を打ち込んだんですが、なにか大きな固い音がしただけで相手は倒れず、姿勢を崩したところに返し胴をくらったんだと思います」

 わざと隙を見せ、鋼の胸甲を打たせてから反撃したのか。

「ユリアンカさんが斬られたのに、よく無事に戻ってきたなジンベジ君」

「はい、無我夢中でしたよ教官殿。ユリアンカさんがヤバいと思った瞬間に、相手に槍で騎士に突きかかりました。相手は二騎で、こちらは一人です。倒すことなんて考えず、こちらの槍の長さを使って間合いを離すことだけに専念しました。槍の螻蛄首をつかもうとしたり、柄を斬ろうとしたりしてましたが、動きはそれほど素早くなかったのが幸いでしたよ。俺が逃げろと怒鳴ると、ユリアンカさんが馬首を西に向けて駆け出したので、そこからは逃げの一手です。その時からまったく休みなくここまで走ってきました」

 ユリアンカの応急手当をするべきでなかったのか、敵の規模を確認できなかったのかということばが頭をよぎるが、今はそれをいうべき時ではない。

「よくやった。ひとつだけきかせて欲しい。相手の騎兵は白い上着を着ていたということだが、袖のない陣羽織のようなものだったか」ジンベジがうなずくのを確認して続ける。「その陣羽織には、赤い三角の枠に鷲の絵が描かれていなかったか」

「あったような気もしますが、正直なところあまり覚えていません。そういえば、その陣羽織から出ている腕は、指先まで鎖帷子くさりかたびらの手袋をしていましたよ。槍を手でつかもうとするのをみて、驚いたのを覚えています」

 肝心なことはわからないにしても、指先まで鎖帷子で覆われているというのであれば間違いないだろう。

「もうひとつだけ思い出してほしい。馬も鎧を着ていたか」

「はい。でも、パレードでみるような馬の全身を覆う鎧ではなかったです。頭とか、前掛けみたいな鎧をつけてました。それでもかなり重いのか、こちらが逃げるとすぐに追いかけるの――」

 手に鍋を持ったシルヴィオが部屋に入ってきたので、ジンベジのことばは遮られた。

「ありがとう、シルヴィオ君。すまないが、今から治療をするので、二人ともここを出ていってくれないか」

 鬼角族の医療技術は、しばらく暮らしているのである程度は知っている。骨接ぎや捻挫の治療は上手いが、傷の縫合のような外道の仕事はほとんどできないのだ。

「シルヴィオ君とジンベジ君は、もっとお湯と清潔な布をもらってきてくれ。できれば布は、しばらく沸騰したお湯で煮てほしい」

 ことばが通じない二人に頼むのはこくかもしれないが、今はそれどころではなかった。

 洗った手ぬぐいを熱湯に浸し、軽く絞って固まった血液をぬぐい取っていく。

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