重騎兵

 天幕の前で、射落とした鳥の羽を毟っていると、突然警告の叫び声が起こった。鬼角族のことばの意味はわからないが、警告の合図であることは誰にでもわかる。

 鳥を放り出し、警告の声のする方へ向かうと、鬼角族の少年が遥か東側を指さしている。

 馬は二騎、どちらにも人がのっている。黒っぽい外套は鬼角族の、もう一人は私たちの着る黄土色の外套だ。考えられるのは、偵察にいったジンベジとユリアンカだが、出発してまだ三日しかたっていないのに、戻ってくるのは早すぎる。

 鬼角族の男たちの大半は、羊に草を食べさせるために冬営地を離れてるので、戦える人間は少ない。シルヴィオに武装してくるように声をかけると、あわてて天幕に戻っていった。

 はじめは親指の先くらいの大きさだった二騎は、しだいに目鼻立ちがわかる距離まで近づいてくる。やはりユリアンカとジンベジだ。少し気になるのは、馬上のユリアンカがいつものように背筋をピンと立てた凛とした姿ではなく、背を丸めて馬のたてがみをつかんでいることだ。直感的に、怪我をしているのではないかという考えが頭をよぎった。

「武装はいい。シルヴィオ君、お湯を沸かしてくれ。できるだけきれいな布があれば、それも頼む」

 天幕のシルヴィオに届くような大声で怒鳴る。

 冬営地の目の前まで来たところで、馬上のユリアンカの体がグラグラと揺れ始めた。

 落ちる、と思ったときには体が動いていた。

 馬の手綱たづなを取るために駆けだしたが、ユリアンカの体は大きく右に傾き、力なくつかんだ手綱から手が離れた。あぶみがあれば、足が引っかかるかもしれないが、鬼角族はみな裸馬はだかうまに乗っている。間にあわないと思った瞬間、なんとか落馬するユリアンカを支えようと腕を伸ばす。

 頭だけは打たないようにしなければと両手を差し出し、背中のあたりを受け止めようとするが、馬の進む勢いがユリアンカの体を前方に放り出す。ちょうどユリアンカの腹部が私の顔のあたりを塞ぎ、その反動で私の足が大きく前方に浮き、体は後ろに倒れこむ。落ちてくるユリアンカと地面の間に挟まれ、地面に打ちつけられる瞬間、首に力を入れて両手で思いっきり受け身を取った。


 誰かが呼んでいる。

 ここはどこで、自分はなにをしているのか。

 灰色の空を眺めながら、まばたきをする。

 重い。上に乗っているのは誰だ。

 ぐったりするユリアンカをみて、すべてを思い出す。

「教官殿、大丈夫ですか」

 心配そうに私の顔をのぞき込むジンベジに、大声で命令を出そうとするが、声がかすれてうまく出ない。

 大きく一つ深呼吸すると、右の脇腹に痛みを感じるが折れているというようなものではない。

「大丈夫だ、ジンベジ。ユリアンカは怪我をしているのか。私のテントまで運んでくれ。なにがあったのかもきかせて欲しい」

 かろうじて、ジンベジにきき取れるような大きさの声がでたことに安堵しながら、ゆっくりユリアンカを体の上から動かして、立ち上がろうとする。うまく体が動かないのをみたジンベジが、差し出した手を握り、やっと体を起こして立ち上がった。

「敵の騎兵にやられました。止めたんですが、敵が二人だけだったので突っ込んでいったんです。大太刀の一撃が決まったと思ったんですが、相手が反撃してきて――」

「よし、二人で丸太を担ぐときの要領だ。君は足の方を持ってくれ。持ち上げるぞ」

 かけ声とともに横並びになって、ユリアンカを持ち上げる。担架をつくる方法もあるが、長い棒や布がどこにあるかがわからない。

「ユリアンカのような手練れが、ただの騎兵にやられるとは思えないんだが、どうしてだ」

 男二人で運んでいるのだが、ユリアンカはなかなか運びごたえがある重さだった。意識がなくなると、普段の何倍も人間は運びにくくなるものだ。

「おそらくですが、相手は外套の下に鎧を着こんでたんだと思います。胴への一撃を無視するように、剣で斬りつけてきましたから」

 普通の騎兵がつけるような胸甲では、ユリアンカの一撃を防ぐことはできない。あの一撃を防いだとなれば、鎖帷子くさりかたびらの上にしっかりした鉄の胸甲でもつけていたのだろう。

 つまり、ギュッヒン侯の私兵である重騎兵が来ているということだ。

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