牛の糞が欲しいとき牛は糞詰まり

 翌日早朝から弓を持って鳥を狩りにいくが、冬の近いこの時期に鳥の姿はほとんどない。

 かなり高いところを編隊を組んだ渡り鳥が北から南に飛ぶのがみえることもあるが、この弓ではとても届くような高さではなかった。

 この前まで天幕の中で、鳥のさえずりをききながら目をさましていたような気がするのだが、以前の野営地でのことだったのだろうか。

 牛の糞が欲しいときに牛は糞詰まりだ、そういっていたのは誰だっただろう。普段は当たり前のようにあるものが、いざとなると手に入らないのは良くあることなのだ。六の鐘くらいまで鳥を探してみたが、結局一羽の鳥も見つけられなかった。

 トボトボと冬営地に戻ると、することのないシルヴィオが、藁束を的に弓の練習をしているのがみえる。

「シルヴィオ君、なかなかの腕前じゃないか。弓は得意なのか」

「それほどでもありませんが、山の出なので小さな動物を捕まえたりするのに使ってました。だけど、軍の弓は強くて、引くのが大変です。なにかコツのようなものはないんですか、隊長」

「そうだな。特別にコツのようなものはないが、私に弓を教えてくれた人は"骨で引け"といってたな。正しい姿勢で弓を引けば、筋肉ではなく腕全体で弓を引くことになる」

 そういって、矢を一本つがえて藁束へ射かけた。

「さすが隊長です。弓の引き方を教えてもらえませんか」

 見事に藁束を射抜いた矢をみて、シルヴィオが嬉しそうにいった。

 私には訓練トレーナー贈物ギフトがある。武芸百般、どんな武器もそこそこ使うことができるので、弓の腕前も悪くないのだ。実戦では使えないという問題があるが。

「いくらでも教えるよ。それが私にヴィーネ神が与えらた贈物ギフトだからな。贈物ギフトで思い出したんだが、君の贈物ギフトである風魔術を使って、矢を操作することはできないのか。そういう風魔術を使う弓手ゆんでがいることをきいたことがある」

 シルヴィオは少しがっかりしたような表情になった。

「そういうことができる人も、広い世の中にはいるとは思いますよ。でも、残念ですが私にはできません。風魔術が下手くそなんで、詠唱する時間も長いですから、弓を射るまでに時間がかかります。それに、詠唱をはじめると、兎やリスは逃げてしまうんです」

 たしかに狩猟のためなら、詠唱はできないだろう。

「それはそうだな。だが、詠唱を終えるか、終える直前に弓を射ればどうなんだ」

 返事のかわりに、ブツブツと詠唱をはじめたシルヴィオは、詠唱を終えた直後に弓を引く。一陣の風が吹き、矢は藁束のはしに突きたった。

「隊長、やはりダメですね。私がおこす風の速度より、矢の方が速いので向きを変えたりすることはできません」

 その様子を見て、ある考えが頭の中にひらめく。

「だったら、矢を後ろから押すような感じで魔術を使うのはどうだ。矢の威力をあげることはできないか」

 また詠唱がはじまり、それが終わるとともに矢が射られた。今度は風が藁束の方に勢いよく吹くのが感じられる。

 中心ではないが、今度はより深く藁束に矢が刺さっているのがわかる。

「風魔術に、こんな使い方があるとは思いませんでしたよ。練習が必要だと思いますが、暇をみてやってみます。隊長は面白いことを考えますね」

 鬼角族は強いが、その動きと行動は直線的だ。数の面で、敵に対して圧倒的に負けている可能性が高い現状では、からめ手で攻めるための道具が必要だ。シルヴィオの弓の腕前があがれば、敵の司令官を狙撃するような弓手になるかもしれない。そうなれば、この戦いで優位な状況をつくりだせる。

 私は練習を続けるようにシルヴィオへ命じ、冷たい水を一杯飲むと、また鳥を探しに出かけていった。

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