歩哨
翌朝、何事もなく正銀貨十枚を受け取って、さらに東のフェイルという町に向かう。
軍団の本部があった場所だ。
ニビという黒鼻族の店を訪ねて、小麦などの食料が調達できるかを確認したい。フェイルの町も、その生活の糧の多くを軍隊に依存しているが、ターボルのように軍がいなくなれば消失するような町ではないはずだ。
騎兵と
まず目に飛び込んできたのは、槍を持ち町の周囲を警戒する歩哨の姿だった。
「隊長、あれは兵隊ですね。敵でしょうか、味方でしょうか」
遮蔽物のない平原では、こちらが相手の姿を見ることができるということは、相手もこちらを見ることができる。槍を持った歩哨も、こちらの方角を向いて、私たち二人が何者であるか判断しかねているようだ。
「シルヴィオ君、誰が敵で、誰が味方なんだ」
驚いた顔をしたシルヴィオを横目に、歩哨がどう動くかを凝視する。しばらく見ていると、歩哨は持ち場を離れて町のほうへ姿を消した。
「いったんここを離れるぞ、シルヴィオ君。暗くなってから出直すことにする」
馬首を西に向け、
「隊長、誰が敵で、誰が味方かとはどういう意味なんでしょうか」
シルヴィオは真剣な顔で答える。
「ひとつ確認しておくが、君はどちらの味方なんだ。国王に忠誠を誓う、それはいい。だが、すでに国王側が戦いに敗れ、ギュッヒン侯が国王になっている可能性もあるんだぞ。その場合、君が忠誠を誓う国王とは誰なんだ」
返事はない。
「私たちには、ギュッヒン侯への後方かく乱任務が与えられた。戦いが続いているなら、それも重要な任務だろうが、戦いそのものが終わっている可能性を考える必要がある。暗くなってから、あの兵士たちが敵か味方かを調べるために町に潜入して、はっきりさせる」
「わかりました。たしかに隊長のおっしゃるとおりです」
不満があるのか、シルヴィオは憮然としていたが、こればっかりはどうしようもない。
正直なところ、ギュッヒン侯が戦いに勝っていれば、困るのは私だ。自分の子どもを殺した男を、決してギュッヒン侯は許さないだろう。もしギュッヒン侯が戦いに勝っていたのであれば、私はどうすればいいのか。ハーラントに頼んで、キンネク族に受け入れてもらうのも悪くないが、兵士を訓練する以外に能がない人間を受け入れてもらえるのだろうか。
暗くなり、少し離れた場所に馬を置いてシルヴィオとともに町に接近する。
幸いなことに今夜はほぼ新月で、地上を照らす月明かりもほとんどなかった。
町の周辺には警備のために
「シルヴィオ君、力を借りたい。君の風魔術で、できるだけ強い風を吹かせて欲しい。できれば、あの篝火を倒すほどの風を。どうだ、できるか」
「この距離だとわかりません。しかし、これ以上近づくと詠唱の声が相手に届いてしまう可能性がありますね」
倒れなくとも、突風が吹けば注意をそらすことができるだろう。
「よし、いまから二百、いや、ゆっくり三百数えてくれ。その後に、ここから一番近い篝火を倒してくれ。その隙に潜入する。歩哨の注意が引ければ、篝火が倒れなくともかまわない。もし、日が昇るまでに私が戻ってこなければ、自分の判断で行動することを許す。鬼角族は人手不足だから、一員として受け入れてもらえるかもしれない。都に戻るという方法もある。夜明けまでに戻らなければ、行動の自由を認める。これは正式な命令だ」
シルヴィオが力強くうなずく。久しぶりの軍事行動に、気持ちが高ぶっているのかもしれない。
「では、いまから作戦開始だ」
そういい残すと、姿勢を低くして、暗闇という断崖の中に身を躍らせた。
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