東へ

 ターボルの町には、村長と数件の家をのぞいて誰もいなくなっていた。

 村長も春になるとこの町を出て、親戚のいるところへ移住するという。軍隊相手の商売しか生活の糧を得る手段がなく、農業もできない町なのだから当然といえば当然だろう。

 念のために、食料の買い付けができないか確認するが、前回売ってくれたものが最後で、あとは春まで自分たちが食べる食料しか残していないということだ。戦争のことも、反乱がおきて西方軍団が手ひどくやられたことは知っていたが、現在の状況についてはまったくわからないようだ。

 二人を泊めてもらえるよう頼み、謝礼として銅貨十枚を渡すと、はじめは断ったが最終的には受け取ってくれた。今まで軍隊に食わせてもらっていたからといって、私たちを宿泊させる義理はない。そのかわりに、ひとつ小さなお願いをする。

「ギボ村長、実はひとつお願いしたいことがあります」

 どうでもいい世間話のような口調から、私が突然まじめな口調にかわったことに、村長は一瞬表情を強張らせたが、すぐに普段の表情に戻った。

「私たちは鬼角族と交易をする任務についておりまして、鬼角族から銀塊の提供を受けたのですが、このままでは気軽に店で使うことができません。村長なら、銀塊を銀貨に両替してもらえるのではないかと思うのですが、どうでしょうか」

 村長の表情が、露骨に警戒したものにかわった。

「どんなものか見せてもらわんことには、なんともいえんな」

 私は腰の袋から、銀の塊を取り出してテーブルの上に置いた。円の両端をえぐったような形のものだ。

「交易銀だな。何十年ぶりかに見たぞ」

 村長との年齢は五つも違わないと思うが、私が一度も見たことがないものを、村長が知っているのには驚かされた。

「町の人間は知らんだろうが、このあたりで異種族との交易をおこなうときには、重さの量りやすい交易銀や交易銅が使われていたんだ。最近は異種族との交易もなくなったので、こういう交易銀はつかわれなくなったがな」

「一つの交易銀で、正銀貨何枚くらいの価値があるのですか」

 村長は考えるような素振そぶりをみせ、なかなか返事をしなかった。

「これも国の財産ですから、あまりにも不当な評価だと後で問題になるかもしれません。私はこの交易銀一つで正銀貨二枚くらいの価値はあると思うのですが、どうでしょうか」

 悩んでいた村長の顔に、パッと花が咲いた。

「そうだな。詳しいことはわからんが、そんなものだと思う。重さ的にもそれくらいだし。のいう通りだとワシも思うぞ」

 安く見積もりすぎたと責任を問われるほどではなく、村長にとっては悪くない利益が望める交換比率なのだろう。こちらも、慣れない商取引で交易銀なるものを使う手間を省けるのであれば、ありがたい。

「わかりました。私もそれくらいの価値だと思っていましたので、ぜひ交換していただきたいです。交易銀は五枚ありますので、正銀貨十枚をいただけますか」

 テーブルの上に、残りの四枚の交易銀を並べる。

「明日、出発するときに正銀貨を渡してください。これはお預けしますので、まがい物でないか確認してもらってもかまいません」

 お互いに納得できる取引が終わり、その夜は村長と奥さん、私とシルヴィオの四人で食事をとった。スープには、前回入っていなかった鶏の肉が入っていた。

 

「シルヴィオ君、今日は交代で寝ずの番だ。はじめは私が起きているから、途中で交代してくれ」

 ささやくような声で出された命令に、ベッドの中からシルヴィオが同じように小さな声で答える。 

「隊長殿、なぜそんなことをするのですか」

「正銀貨十枚のためなら、人の命を奪おうとする人間は少なくない。村長が交易銀をもって逃げ出す可能性もある」

「だったら、銀を渡さなければよかったのではありませんか」

「逆の立場から考えて欲しい。村長からすれば、敵か味方かわからない屈強な兵士が二名、両替してほしいと少なくない金額の品物を持ち込んできたんだ。取引が公正であったとしても、そのあとで兵士が態度を豹変して襲い掛かってこないとも限らない。多少は間抜けな正直者を演じたほうが、村長も安心するだろう」

 諭すような口調でシルヴィオに私の考えを伝えると、意外な返事がかえってきた。

「なるほど、そこまでの深い考えはありませんでした。でも隊長、そんなに悪い村長なら、食事に眠り薬でも入れて、我々を殺すこともありうると思います。ならば、食事の後に銀の話を切り出すべきではなかったのでしょうか」

 ベッドの中で自分の浅慮を赤面しながら、できるだけ威厳を失わないような声色で答える。

「まったくそのとおりだ。次からは気をつける」

 部屋に気まずい雰囲気が漂った。

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