自給自足

「私たちの小隊がいくら頑張っても、他の部隊が総崩れではどうしようもありません。大隊長から各自で都の方へ撤退し、そこで再編成するという命令がでたので、私たちはそれに従うことにしました。撤退といえばカッコいいですが、敗走ですね」

 そこで一息ついたシルヴィオは、手元の木の椀から白湯をすすった。

「だけど、私たちは一人だとどうしたらいいのかわからないので、みなストルコム隊長と一緒に移動していました。撤退中の私たちの小隊が、敵の騎兵に追撃を受ける大隊長の部隊と出会ったのはその時です。敵の騎兵を追い払った後、大隊長からローハン隊長のところへの伝令が募集され、私と他の二人が志願しました」

 他の二人はどうなったのか、ということをシルヴィオに問うてもわからないだろう。

「なぜ、君はそんな危険な任務に志願したんだ。ストルコムの小隊に残っているほうが安全だっただろう」

 シルヴィオはこちらを見て、可愛らしい顔をゆがめた。

「私のような貧乏人の子どもが、普通なことをやっていても一生下っ端のままですよ。ストルコム隊長が、ローハンさんは部下の手柄を横取りしない、立派な軍人だといつも褒めていました。危険なのは百も承知です。自分の命を賭ける価値はあると思って、ここまできました」

 そこまでいうと、シルヴィオは年不相応な顔でニヤリと笑った。

 ジンベジもそうだったが、成功して世の中の人々を見返してやろうという若者の野心は、利己的であるのに清々しくさえある。

「君の賭けは失敗したかもしれないぞ、シルヴィオ君。私は鬼角族と親しくはなったが、相手の意思に反して戦争に連れていけるほどの関係を構築しているわけではない。偵察の結果次第では、鬼角族たちを後方かく乱に動員することができるかもしれないが、残念ながら今のはなしではそれも難しそうだ」

 シルヴィオは首をかしげ、それ以上なにもいわなかった。鬼角族とともに暮らして、その数や装備をみて失望したのかもしれない。だが、百二十騎の熟達した騎兵がいれば、かなりのことはできるはずだ。

「野生の肉食獣に、人間の肉の味を覚えさせると、その獣は人間ばかり襲うようになるそうだ」

 唐突な私のことばに、シルヴィオは驚いたような顔をした。

「人間は最も弱い動物のひとつだ。だから武器を使い、集団をつくる。ところが、この辺境では武器の調達は難しく、人の数は少ない」

「つまり、鬼角族が人を殺すことなんて簡単だと思うと、辺境で暮らす人々が危なくなるということですか」

 私はシルヴィオのことばにうなずき、話を続けた。

「そうなると人間も反撃する。鬼角族は優れた戦士だが、いろいろと欠点も持っている。我が国が本気になれば、鬼角族を滅ぼすこともできるだろう。それは、お互いにとってとんでもない不幸だ」

 私も個人的な知己ができるまで、鬼角族の安全のことなど微塵も考えなかったが、いつのまにか人間と鬼角族が仲良く暮らしていく世界を望むようになっていた。


 チュナム集落に戻ってきたのは二月ぶりくらいだろうか。冬が目の前まで近づいており、外を行き来する羊たちの姿も少なかった。

 ヤビツを見つけ、誰か人間の兵士が来ていないかをたずねてみたが、誰もきていないとのことだった。

 好奇心から、黒鼻族たちが冬をどう過ごすのかきいてみたところ、秋までにできるだけたくさん草を集めて、春になるまで家の中で過ごすそうだ。冬眠とまではいかないが、家族が互いに身を寄せ合って温め合いながら、春が来るのを待つらしい。町に行くことを告げるが、特に必要なものもないということだ。

 鬼角族も黒鼻族も、完全な自給自足の生活をおくっている。

 冬になろうとしているのに、戦争などというバカげたことをやっているのは人間だけだ。

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