情報収集

 二十合ほど打ちあうと、ハーラントは木剣を地面にポイと捨てた。

「やめだやめ。こんなことをいくらやって意味がない。命を賭けないお遊びだ」

 たしかに模擬戦はお遊びかもしれないが、意味がないというわけではないだろう。

「三度死んだのが、よほど悔しかったのかな、族長さん」

 こちらをにらみつけたハーラントは、吐き捨てるようにいった。

「あんなヘロヘロの矢で、我が死ぬわけがない。それに、あんな軽い棒では傷ひとつ負わないぞ」

 いっていることは間違いないが、問題はそこではない。

「たしかに、私の弓勢ゆんぜいではかすり傷しか与えられないだろうな。しかし、人間の中には私なんぞより、もっと強い弓を引くものがいくらでもいるし、立て続けに二本の弓を射かけるくらいは本職なら誰でもできる」

 強弓つよゆみは続けて射ることが難しいし、馬上では扱いが難しくて弓を使う兵士はあまりいないことは、あえて黙っておく。

「あの棒に、槍の穂先がついていたとすればどうだ。長さが足りないから、わざと少しだけ前に飛ばしたが、本物の槍ならあの距離で串刺しにできたぞ」

 なぜ鬼角族が槍を使わないのかはよくわからないが、あぶみを使わない馬術では、相手に槍で突く時の反動で落馬することを恐れているのかもしれない。

「弓の腕前は一朝一夕に上達するものではないが、あれだけ馬を巧みに扱える君たちなら、練習すれば槍は誰でも使えるだろう。別に私たちの戦争に参加しなくても、キンネク族を強くするためにも馬上槍を取り入れてもいいんじゃないか」

 ハーラントは、少しなにかを考えるような顔をしていたが、やがて天幕の方へ戻っていく。

 種をまくことはできたはずだ。実るかどうかはわからない。


 翌日朝早く、ジンベジとホエテテ、ユリアンカと三名の侍女たちが羊の群れを連れて西へ向かっていくのを見送ることになった。この時期は冬の準備で人手が足りず、一番役に立たない人間の二人と、普段は羊の世話をしない女性たちが選ばれたらしい。もちろん、ユリアンカは警護の役割も担っている。

 すっかり鬼角族たちに馴染んでいる大男のホエテテよりも、もっと役に立たない私がついていく方がいいのだろうが、こちらにも考えがある。ジンベジには槍の柄にするので、できるだけ背の高い布草をたくさんもらってくるように頼んだ。昨日のハーラントとの模擬戦をみていたのだから、その意味はわかるだろう。

 六人を見送ると、ハーラントに断りをいれて馬を借り、シルヴィオと二人で東へ向かう。余分な鞍がないので私は馬に、シルヴィオは戦車チャリオットに乗る。なによりも今は情報が欲しいのだ。


 わずかな焚火に身を寄せ、外套をかぶって少しでも寒さから身を守ろうとする。

「シルヴィオ君は、ストルコム君と同じ部隊にいたらしいな。ストルコムは元気にやっていたか」

「はじめての自分の小隊だからというので、毎日みんな絞られましたよ。でも、あの訓練があったおかげで、うちの小隊はバラバラにならずに済んだんだと思います」

「戦場でなにがおこったんだ。わかる範囲でかまわないので、教えてもらえると助かる」

 シルヴィオは、はじめどこか遠くを見るような目をしていたが、ポツリポツリとはなしはじめた。

「かき集められた私たちの西方軍団は、ほとんどが槍兵でした。五個大隊が二列に配備され、ギュッヒン侯の軍と対峙した時にも士気が高く、みなやる気に溢れてました。私たちが前進すると、こちらの右翼に敵の弓兵の攻撃が集中し、隊列が乱れはじめたところに、回りこんだ騎兵が右翼に突っこんできてこちらは総崩れです。私たちの大隊は左翼前列にいたのですが、突っ込んできた騎兵に隊列を崩されたところを正面の歩兵に叩かれました。しかし、うちの小隊は最後まで隊列を崩さず、騎兵の攻撃を食い止めながら撤退したので、ほとんどケガ人がでなかったと思います」

 槍兵は隊列を守ることが、自分の命を守ることだという教えは間違っていなかったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る