三度の死

 ジンベジが、木剣を馬上のハーラントに渡す。

 大太刀と剣、長さや形の違いはあるが、あくまでも模擬戦なので問題はないだろう。

 二回、いや三回。

 それくらいの徹底的な勝利が必要だ。ハーラントとの距離は、五十歩くらいだろうか。

「ハーラントさん、実戦の距離にしては近すぎないか。もう少し下がってもらいたいな。下がってもらえれば、三度の死という贈物をするよ」

「減らず口ばかりぬかしおって、馬から落ちて死ぬなよ、人間」

 ハーラントは馬首をクルリとめぐらせ、距離を取る。

 私への視線が切れた瞬間、右脇に抱えた棒を腰帯に差しこむ。多少邪魔だが、弓を引くのには問題ない。

 弓を左手に取り、水平に寝かせて馬の頭の後ろに隠す。この距離なら、注意してみない限りは相手から見えないだろう。えびらからやじりを取り除いた矢を二本抜き取り、右手に握りこむ。

「ジンベジ君、ハーラントさんがこちらを向いたところで、開始の合図を頼む」

 さらに二十歩ほど離れたところで、ハーラントと馬はこちらに向きなおった。

 

「はじめ!」

 ジンベジの合図とともに、ハーラントが馬の脇腹に蹴りを入れ、木剣を水平に構えて真っすぐにこちらへ突き進んでくる。

 馬首を少し右に回し、半身はんみとなった私は思い切り弓を引き絞り、ハーラントに向けて射かけた。

 この程度の弓勢ゆんぜいであれば、ハーラントの腕前なら矢を切り払うことも可能であろう。矢を射た次の瞬間、私は右手に握りこんでいたもう一本の矢をつがえて素早く射かけた。

 馬を駆るハーラントは、なんなく一本目の矢を切り払うが、ほぼ同じ軌道で飛んでくる二本目の矢を予想していなかった。勢いのない矢はハーラントの右上腕に当たり、ポトリと地面に落ちた。

「一回!」

 大声で怒鳴ると、左手に弓を持ったまま手綱を取って馬を走らせる。

 ヨタヨタと走り出した馬の上で、腰帯から布草の茎を乾燥させた棒を抜きとり、右手に握ってハーラントの方に進む。互いに武器を右手に持っているため、自分の右側に相手をとらえるように馬を進ませるのが原則だが、あえて相手の馬に正対するように馬首をめぐらせる。馬の頭の上から、棒の一番後ろを握ってできるだけ前に突き出す。

 ハーラントは、自分の右側にこちらを捉えようとして左に向きをかえようとするが、速度が出ているために馬は思うように動かない。交差する直前、私は右手の棒を手元に少しだけ引き、ハーラントの方へ真っすぐ伸ばすとともに握っていた手を放した。

 こちらの突き出した棒を打ち払おうとしていたハーラントは、予想外に伸びてくる、いや飛んでくる棒を左胸に受けてしまう。乾燥して軽い棒は、ハーラントになんの傷も与えず、弾き飛ばされて宙を舞った。

「二回!」

 そういいながら、箙から残りの矢を抜きだす。

 予想外の攻撃に驚いたハーラントは、すれ違いざまに剣を振るうことができなかった。

 その直後に私は馬上で体を左に捻り、完全に後ろを向いた状態で弓を引き、ハーラントの背中を弓で射る。

 また力のない矢が、馬の向きを変えるために速度を落としかけたハーラントの背中に当たり、ポトリと地面に落ちた。

「三回! ハーラント、これで君は三回死んだぞ」

「なにが三回死んだだ! こんなヘロヘロ矢や棒きれで、我がかすり傷でも負うものか」

 一声吠えたハーラントは、木剣を構えて向かってくる。

 妹のユリアンカのように、ハーラントは贈物ギフトをもっているのだろうか。

 腰の木剣を抜き、鬼角族の勇士と剣を交えてみることにした。

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