戦い方を知らない

 族長の天幕に戻ると、ハーラントはすでに普段着へ着替えていた。戻ってきた私の真剣な顔を見ると、絨毯へ座るようにうながす。口早に従者へなにかを命じると、こちらへ向き直った。

「なにかいい忘れたことでもあったのか」

 声をかけられた従者が、天幕を出ていく。茶の用意にでもいったのだろう。

「私の上司から命令書が届いていた。私たちの国では、正道に逆らい、軍を起こして権力を奪おうとしているやからがいる。上官から、君たちに助力を求め背後からその勢力を攻撃してほしいという指示があった」

 弟に族長の地位を簒奪されたハーラントに、共感してもらいやすいようなことばを使う。

「協力の見返りに対する具体的な報酬は約束できないが、我々が勝てば間違いなく多大な報奨が与えられるだろう」

「そして、負ければ敵として攻撃されるんだろう?」

 従者もいないので、いまは天幕に二人きりだ。苦笑しながら、私はざっくばらんな口調ではなしを続けることにした。

「そういうことだな。だから私も、無理にとはいわないつもりだ。だが、君に頼まないのは職務怠慢になる。私は頼んで、君は断った。それで問題ないと思うよ」

「念のためきいておくが、相手の数はどのくらいなんだ」

 人と人との交渉とは、こういうものなのかもしれない。こちらが押すと逃げていくが、引くと食いついてくる。

「最低でも二個軍団。兵士だけで一万人はいる。日々兵士を動員しているだろうから、現在ではもっと多いはずだ。キンネク族は精強だが、一万対百では勝ち目がないな」

 ハーラントは不機嫌な顔になったが、さすがに百倍の相手には勝ち目がないと思ったのだろう。それ以上なにもいわなかった。

「まあ仕方がないな。君たちは強いが、戦い方を知らない。力と力をぶつけ合うような戦法では、せいぜい倍の数の相手しかできないだろう」

 ハーラントは顔をこわばらせ、額に青筋が立つのが見えた。

「一度相撲で勝ったからといって、我を侮るのもいいかげんにしろ!」

 ちょうどお茶を持ってきた従者が、カップを落とすほどその怒りは激烈だった。心の中ではハーラントの怒りにひるんでいたが、できるだけ冷静なていでいい返す。

「私は君たち鬼角族をあなったことは一度もないが、戦い方を知らないのは本当だ。なんなら――」

「表に出ろ! 体で思い知らせてやる」

 ハーラントが嫌う鬼角族ということばをあえて使うことで、怒りに油を注いだ。ここまでは予定通りだ。

「いいだろう。だが、ここで友人同士が殺しあっても仕方がないから、訓練用の武器を使うことにするぞ」

 返事はなかったが、自慢の大太刀を持っていかなかったので了解してくれたのだろう。

 急いで自分の天幕に戻り、えびらから矢を三本だけ抜き出す。腰の短剣で、やじりだけを切り落とし、できるだけ先端を丸くして、矢が当たっても怪我をしないようにしておく。

 箙から鏃のついた矢を床に落とし、さきほどの三本だけ戻すと素早く身に着ける。

 バウセン山へ向かうときに持っていった弓、布草を乾燥させて軽く硬くなった棒、木剣を二本。自分の馬には鞍をつけていないことに気がつき、大声でジンベジを呼んだ。馬を借りたいということを伝えると、ジンベジはあわてて馬のところへ駆けだす。

 馬がくると、鞍の前橋ぜんきょうのところへ弓をひっかけ、あぶみに足をかけて馬にまたがると、木剣を腰帯に差し、布草の棒を右脇に抱えた。

 ジンベジにはもう一本の木剣を渡し、ついてくるように命じる。

 心は晴れやかで、体が震えるようなこともない。ハーラントも、命のやり取りまではするつもりがないのだろう。

 ハーラントの姿を見つけると、どちらからともなく馬を走らせることのできる開けた場所に向かった。

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