うかつさ
「おもったより、狼の肉もうまかったね」
少ない水で炒め煮にした狼の肉に、
肉の半分はユリアンカの胃の中におさまり、我々三人は臭いのキツイ狼の肉を無理やり飲み込んだ。飴の件といい、鬼角族は人間とは違う味覚なのかもしれない。
ご機嫌なユリアンカは、口元の脂を袖でぬぐうと、軽々と馬上の人となった。
「狼の皮は持っていかないのか」
ふとした疑問を投げかけると、ユリアンカは快活に答えてくれた。
「一頭は真っ二つになってるから値打がない。もう一頭も、脂がなくて毛並みも悪いから持っていく価値がない。持っていきたいならかまわないけど、血のにおいにつられる獣もいる」
だったら、危険を冒す必要はないだろう。狼の皮はそのままにしておくことにした。
「それよりじじ――ローハン。さっき使ったのはなんだよ。マズい狼の肉が、あの粉でものすごくうまくなったぞ。人間は魔法の粉を使うのか」
ユリアンカは、本当に食べ物に関しては貪欲だ。また飴の時のように、香草や肉荳蔲を奪おうとするかもしれないので、釘を刺しておくことにした。
「あれは、量をしっかり調整しないと毒になる可能性がある薬だから、むやみに使ってはいけないんだ。ハーラントの所に戻ったら、使い方を教えるよ」
ふーんという表情で、ユリアンカは納得したようだった。
その日は、時々振りかえって後ろを警戒するが、狼が追いかけてくる様子はなかった。
翌日もまた単調な旅がはじまったが、目に見えて変わったこともあった。
それまで、鞍に尻をつけるのが苦痛で苦痛で仕方ないように見えたジンベジとホエテテが、その地獄に慣れてきたのか、馬の上で後ろを振りかえったり、くだらない冗談をいいあって笑い声をあげたりするようになったのだ。
これはいい機会なので、二人に
三騎の影は、近づき離れ、駆け出し止まった。まるでじゃれあう犬の子のようだ。
二人の若者を相手にしていると、ときどき私の腰に鈍い痛みが走る。
年は取りたくないものだ。そんなことを思っていた私たちに、ユリアンカが大きな声でよびかけた。
「ほら、三人とも前をみろよ。左の方に見える緑のがバウセン山だ」
その声に、三人の視線が前方に集まる。遥か彼方の地平線に、うっすらと緑の出っ張りのようなものが見える。あれがバウセン山なら、山には緑があふれているのであろう。平原しかないこのあたりの西方に、緑深き山の存在は異質だが、天幕の骨組みなどに木が使われていることから、どこかに木を伐採する場所があることは想像できた。バウセン山は、鍛冶屋とよばれる技能集団の住み家であるとともに、貴重な木材の供給源となっているのではないか。特定の部族が占有することをしないということで、全鬼角族の公共財産になっている可能性もある。
それとも、鍛冶屋が武力で独立を維持しているのか。
新しい世界との接触に心を躍らせる反面、鬼角族たちの純真さに不安を覚える。
もしも、私に一個軍団程度の兵士が与えられれば、バウセン山を占領するか焼き払うことで、鬼角族という種族そのものを衰退させ、長期的には滅ぼすこともできるのではないか。
そのような大切な秘密を、簡単に与えてしまうハーラントのうかつさは注意しておかなければならないだろう。
私は人間の味方なのか、鬼角族の味方なのか、わからなくなっていた。
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