伴侶
「狼くらいなら、あたし一人でも大丈夫だけどね」
馬を降りたユリアンカは、腰に
「狼の狩りは、まわりを取り囲んで弱いところを襲うから、弱いと思われないようにせいぜい気張りなよ。そっちのチビは、特に狙われそうだけど」
ちらりとジンベジの方をみて、ニヤリと笑う。
「そんなこといってると、助けてくださいって泣きついてきても無視するぞ」
いいかえすジンベジの声には、緊張があった。
ホエテテは、特に大太刀を抜くでもなく呆然と立ちつくしていた。
「ホエテテ君、大丈夫か。緊張しているのかな」
声をかけると、ホエテテはこちらを向いた。その顔には気負いも緊張もなく、まるで食後の散歩に出かけるような平静さがあった。
「いや、すまない。君は緊張などとは無縁だな。狼に人間の力を見せつけてくれ」
にっこり笑うホエテテは、戦いになれば獅子奮迅の働きを期待できるだろう。この四人の中で、一番弱く役に立たないのは私だ。
「狼たちが、こっちに近づいてきたよ! チビは馬の右側を、デカいやつは左側を守れ」
ユリアンカの警告の声をきき、目を凝らすと、かなり遠くに小さな複数の動くものがいることがわかった。
「かなり大きな群れだ。二十頭はいるよ」
狼たちは半円を描くように展開し、こちらに攻撃を仕掛けるかどうか迷っているように見える。ユリアンカによると、包囲しないのはわざと逃げ道を残して、群れから脱落したものを餌食にするためらしい。
張り詰めた時間が流れた。
「イライラする狼どもだ。そっちから来ないなら、こちらから斬りこんでやろうか」
そういい捨てると、ユリアンカは
その叫び声に誘発されるかのように、数頭の狼がこちらに駆けてくる。
一頭、二頭、全部で五頭。
小手調べなのか、これが狼の狩りのかたちなのかはわからないが、弦から放たれた矢のように、真っすぐこちらに向かってくる。
大太刀を握ったユリアンカは、なにを思ったのか狼たちの方に駆けだした。
馬を守るんじゃなかったのか。
戦闘狂の女傑には、守るという概念がないのかもしれない。自然にジンベジとホエテテが少し前方に移動するのが見えた。
ユリアンカには二頭の狼が向かい、残りの三頭はこちらに突き進む。
二頭の狼は、速度を落とさずに勢いよくユリアンカに向かって飛びかかるが、次の瞬間、ユリアンカの体が踊るように回転した。空中の二頭の狼は、衝撃で弾き飛ばされ、もんどり打って倒れた。
ジンベジを襲った一頭は、待ち構えていた槍の石突で打ち据えられた。たしかに、槍の腕前はなかなかなものだ。ホエテテの方に視線をおくると、すでに一頭の狼は血だまりの中で息絶え、もう一頭の狼がホエテテの大太刀をかわしながら牙を立てる隙をうかがっていた。狼は知性の高い動物だときいていたが、周囲の状況をみて逃げ出すことはできないようだ。
そのとき、ユリアンカが疾風のように駆け寄り、後ろからホエテテを襲う狼を斬り捨てた。
血振りをしながら、ポツリとつぶやくのがきこえる。
「つがいの狼は、相方が死ぬと自分も生きてはいないんだ。だったら、殺してやるのが人情ってもんだよ」
ふと気がつくと、ユリアンカが斬り殺したと思っていた二頭の狼が、ひょこひょこと足を引きずりながら群れの方に戻りつつあった。ジンベジに打ち据えられた狼も同じだ。狼にとっては小手調べの攻撃だったのだろうが、力の違いを見せつけられたことになったわけだ。逃げていく狼を見つめる私に、嘲るようなユリアンカの声が飛ぶ。
「狼は頭がいいから、恨みも恩も忘れない。殺さずにすめば、殺さないのがキンネクの知恵だよ、役立たずの爺」
なんの役にも立たなかった私には、いいかえすことばもない。
「さあ、久しぶりに狼の肉でも喰おうぜ爺。あたしはあまり好きじゃないけど、今は肉ならなんでもいいや」
え、伴侶思いの狼の肉を食べるのか?
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