群れ
三日目にそれはおこった。
今回の旅で一番恐れていたのは他の鬼角族と出会うことだったが、ハーラントによるとバウセン山近辺以外では、その確率は低いだろうということだった。
はじめに気がついたのは、やはりユリアンカだった。
「おい、爺。右の後ろのほうを見てみろ」
馬上で振りかえるが、なにも見えない。
「ユリアンカさん、なにが見えるんですか。私にはなにも見えませんが。ホエテテ、ジンベジはどうだ」
私のことばに、二人も後ろに視線を送る。
ホエテテは首をかしげるが、ジンベジにはなにかが見えているようだった。
「教官、なにかが追いかけてきているように見えます。あまり大きくないですが、群れのようです」
目を凝らすが、やはりなにも見えない。
「なにが追いかけてきているんだ、ユリアンカさん。いますぐに襲ってきそうなのか」
あきれたような顔をしたユリアンカは、天を仰いでいった。
「物を知らない爺だな。このあたりで人間を襲うのは、狼にきまってるじゃん。だけど、こちらは四人いるのに、狼が逃げないなんて珍しいよ」
おそらく、このあたりの草原において最強の生物が鬼角族なのだろう。狼も鬼角族は避けて通るが、人間は狼にとっての獲物とみなされたのか。
「教官、狼は夜行性ですが昼間も狩りをします。こちらが獲物だと判断すれば、今この瞬間にも襲い掛かってきてもおかしくありません」
ジンベジのことばが真実であるのかどうか、私にはわからなかった。
古今東西の戦争や武器の知識には自信があるが、狼という動物の生態については学ぶ機会がなかった。いや、学ぶ必要がないと考えていたのだ。偵察兵などは単独行動の故に、野生動物への対処が必要になることも考えられるというのに、自分の不勉強を深く恥じた。学ぶことはまだまだある。
「ジンベジ、ホエテテ。君たちは狼と戦ったことはあるか」
ホエテテは首を横にふり、ジンベジはないと答えた。
「ユリアンカさん、狼と戦うコツのようなものを教えてもらえればうれしいんだが、知っているか」
得意げな顔をしたユリアンカは、嬉しそうな声でいった。
「爺でも知らないことがあるんだな。狼は群れの長を殺すと逃げていくぞ。中途半端に怪我をさせると死ぬまで戦うから、完全に殺すか、
人間は拳で狼を撃退できないだろうとは思うが、鬼角族には当たり前なのだろう。
「そうだな、私にも知らないことはたくさんある。また、知らないことがあったら教えてくれるかな」
ユリアンカはまんざらでもない表情で同意した。
「そこで、物知りのユリアンカさんに相談だが、狼の群れにどう対処すればいいだろう。夜に野営をして待ち受ける方がいいのか、それとも逆にこちらから攻めるのがいいのか」
「あたしには狼なんて怖くない。でも、馬がケガさせられるのが怖い。ここで馬がケガをすれば、ここから先には進めなくなる。だから、いまここであいつらを追い払うべきだと思う」
わからないことは、知識を持つものにきけばよいのだ。平原の雄である、鬼角族を信頼することにする。
「よし、全員下馬。馬は中央に集めて、周囲を君たちで守って欲しい。ジンベジは槍があったな。穂先で突くと狼の肉が食いついて抜けなくなる可能性があるから、石突のほうで追い払ってくれ。ホエテテの
「おい、爺はどうするんだよ」ユリアンカはあきれたような顔をしていた。「あんたは見物かよ」
恥ずかしいことに、すでに膝がガクガク震えていた。
命を賭けた戦いがはじまるのだ。
できるだけ冷静にきこえるよう、努力して大声を張り上げた。
「私は馬をまもる。君たち三人なら問題ないと思うが、違うのかな?」
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