西へ西へ

 ハーラントは、私たちがバウセン山へいくことを快く了承してくれた。

 ここから馬で六日ほど進むと、バウセン山はあるらしい。

 豪放磊落ごうほうらいらくというのか、私たち人間が鍛冶屋に会いにいくことについて、なにも警戒をしていないことを意外に思う。ちなみに、「鍛冶屋」というのは、鬼角族が相手に対して使っている名称であり、本当はなんという種族なのかはわからないらしい。

 鬼角族を西方の覇者としているのは、その優れた大太刀と馬術であろう。

 人間が大太刀の供給源を断つようなことがあれば、鬼角族の戦闘力は緩やかに衰退していくはずだ。そういったことは考えないのか、考える必要がないのか。ともかく、今日はここで一泊して、明日出発することになった。歓迎の宴は羊を屠っての大宴会となり、鬼角族から乳酒を盛んにすすめられたが、明日のことがあるのでほどほどにしておくよう、ジンベジとホエテテにもきつく命令した。


 翌朝、出発する私たちに、ハーラントが近づいてくる。

「おはよう、ローハン。旅の無事を祈るぞ。ことばが通じないと困るだろうから、ユリアンカを連れていけ」

 すでに騎乗したユリアンカが、私たちの馬の近くで待っているのが見えた。

「まあ、いろいろと揉め事があったかもしれんが、あいつの腕前は間違いない。本来は我が一緒に行きたいが、いまは男手が少なくて無理だ。妹には、お前が死ねばナユームのエルムントへ嫁にやるといってある。あの爺は、ユリアンカをいやらしい目でみておったから断りはせんだろう。ユリアンカはエルムントの爺を死ぬほど嫌っておるから、必死になってお前を守るだろうて」

 機嫌よく笑うハーラントに礼をのべ、私たちは出発することになった。


 ユリアンカは私たちの先頭を進み、常に周囲を警戒しているようだった。必要なこと以外、ほとんど話はしないが、悪態をついたり、逃げ出したりするよりはましだろう。私たちは、まっすぐ西に、ひたすら西に進んでいく。ハーラントにきいたところ、四日ほど西に進むと山が見えるので、それがバウセン山だとのことだった。

 まる一日のあいだ西に進み、野営することになった。ホッとした表情をみせるジンベジとホエテテを横目に、急いで野営の準備をする。日が暮れる前に、すべての準備をおこないたい。土で竈をつくり、鍋に水を注ぎ、腸詰と乾燥野菜でスープの準備をした。

 ジンベジとホエテテには、草を集めるように命じたので、今はユリアンカと二人きりになっていた。

「ユリアンカさん、私は間違ったことをしたとは思っていない。君たちの鬼……キンネクでも、強盗は死刑か腕を切り落とされるはずなのに、なんであんなことをしたんだ」

 ユリアンカはうつむいて、なにもいわなかった。

「まあ、いいたくないなら構わない。だが、私が君のお兄さんと仲良くやっていきたいと考えていることは信じてくれ。人間とキンネクが仲良くすることが、お互いの利益になるんだ。わざわざ飴を盗まなくても、交易ができれば、君たちはいくらでも飴を手に入れることができる」

 ゴクリと生唾を飲む音がきこえた。

「いくらでも、あの甘いのが手に入るというのか爺」

「ローハンさん、だろ。人間の世界では、子どもでも飴を手に入れることができる。人間とキンネクの交易がはじまれば、すきなだけ飴を買えばいい」

 飴に希少性があるかのように、ユリアンカをだますことも頭をよぎったが、それでは詐欺師と同じになってしまう。

「だから、鍛冶屋のところに人間が欲しがるものがないかを調べにいくんだ」

 旅をはじめて、はじめてユリアンカが私の顔を正面から見つめた。にっこり笑うと、ユリアンカもこぼれるような笑顔をみせた。

 欲しいのはユリアンカの心だ。金や物を使ってユリアンカを手に入れたとしても、どうせ裏切られてしまう。妻アストのように。

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