二本の木剣

 ユリアンカに贈物ギフトがあるのかどうか。それを確かめるだけでも価値がある。

 それに、私をジジイ呼よばわりする小娘に、大人の威厳を示すいい機会だった。

「木剣の練習試合でいいのならお相手しますが、どうしますか」

「木の太刀なんてお遊びじゃん。爺さんは殺さないから、真剣でやろうよ」

 真剣と木剣では刃先の速度が違う。実戦派の鬼角族は、木剣での練習などあまりおこなわないのだろう。しかし、命をかけた戦いでは私の訓練トレーナー贈物ギフトが使えない。

「木剣だからといって、腕前の優劣が変わるわけではありませんし、真剣を使うとあなたに大怪我をさせてしまうかもしれませんよ」

 いかにも剣術に自信があるような顔で軽く挑発すると、表情は途端に不機嫌なものになった。

「まあ真剣でも木でも、こっちが勝つけどね。いいよ。表に出な」

 そういうと、ユリアンカは寝転がっていた黒鼻族の皮マットから一瞬で飛び起きて、裸足のまま天幕をずかずかと出ていった。

 その後を追って小走りで天幕を出た私は、近くの兵士に木剣を二本持ってきてくれるように頼み、木剣が届くまでの間に体の柔軟性を高める運動をおこなう。加齢による肉体の衰えは、十分な準備と、事後の整理運動によりある程度はごまかすことができるのだ。

 しばらくすると、二本の木剣を持った兵士がたくさんの観客を連れて戻ってくる。

 勝てるかどうかわからない戦いなので、観客をつれてくることを止めることも考えたが、あえてなにもいわなかった。おそらくユリアンカのような頭に血が上りやすい性格なら、多数の観客はこちらに有利な要素として使えるであろう。天幕の中から三人の鬼角族の女性も表に出てきたので、あわせると二十人くらいの観客がいることになる。

「ズルをしたといわれると嫌なので、どちらでも好きな木剣を取ってください」

 木剣を持った兵士がこちらに近づいてきたので、相手側へ先にいくようにうながす。

 ユリアンカは二本の木剣をどちらも手に取り、軽く振ってから一本を選んだ。残りの一本が兵士から私に手渡される。

「ありがとう――」

 しまった、名前がでてこない。年をとることで起こる問題の一つは、なかなか名前を覚えられないことだった。

「クフリです、隊長。あの高飛車女をぎゃふんといわせてください」

「ありがとう、クフリ君。せいぜい負けないようにがんばるよ」

 木剣を手にすると、手になじむよう何度かつかを握りなおしながら、ユリアンカに話しかける。

「ルールはどうしますか。木剣が相手に触れれば勝ちというのが普通です。どちらかが降参するまで続けるという方法もありますが、木剣といえども間違いなくケガをすることなるでしょう」

「じゃあ、爺さんは医者の用意でもしとけよ。降参するのはあんただからね」

 憎まれ口をたたくユリアンカの顔は、自信に満ち溢れていた。

「では、どちらかが降参するまでやるということでよろしいですね」

 ユリアンカが黙ってうなずく。すでに戦闘態勢に入っているようだ。

「教官、カッコいいとこみせてくださいよ!」

 ユリアンカの後ろにジンベジがいて、大きな声をだしていた。自分では槍術が得意だといっていたので、こういった戦いには特に興味があるのだろう。私は一礼し、木剣を構えた。

 戦う前から、こちらには有利な点がいくつかあることはわかっている。

 鬼角族の大太刀は、馬上から片手で斬りつけるために大きく湾曲しているので、その技術の中に突くという攻撃法がないはずだった。木剣は私たちが普段使っている直剣で、突くという攻撃法に適している。

 さらに、大太刀は片刃なので、斬りおろしや薙ぎ払いからの連続技は必ず手首を返してからのものとなる。両刃の直剣扱いに慣れている私のほうが、一呼吸はやく連続攻撃ができるはずだ。もちろん、鎧を貫くためには両刃の剣でもしっかりと手首を返して力を入れた打撃が必要になるが、このような模擬戦闘だと問題ないはずだ。

 老兵は、勝算なしには戦わないのだ。

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