練習試合
ユリアンカは木剣を右手に軽く握り、刃先を下にして真っすぐにこちらへ向かってきた。
こういう相手が一番困るのだ。
剣術の要諦というのは、
上を斬ると見せかけて、下を斬る。右を斬ると見せかけて、左を斬る。
前に出ると見せかけて、後ろに下がる。後ろに引くと見せかけて、前に出る。
剣の奥義などというものは、すべてこれだ。
だから、戦場では剣の奥義などほとんど役に立たない。
鎧で身を固めた多数の戦士を相手に、小手先のだましあいなどは意味がないからだ。
戦場での強者とは、ただ強く、ただ速く、ただ幸運であるものをいう。
おそらくユリアンカは下段の構えから斜めに斬り上げて、そのまま袈裟に斬りおろすのだろう。
単純だが、神速の剣。
もし、ユリアンカの剣筋をみたことがなければ、この勝負に勝つのは難しかっただろう。
だが、私はみた。我が首を断ち切らんとしていた大太刀を、両断する姿を。
あの切っ先をかわしたり、受けたりすることは不可能だ。だが、予想することはできるはずだ。
真っ正直なユリアンカの剣だからこそ、右下段からの逆袈裟の軌道は手に取るようにわかる。
まるで散歩にでかけるような足取りで近づいてきたユリアンカは、右手に下げた木剣をそのまま斬り上げた。
その動作が起こる直前に、私は両手で握った木剣を切っ先を下にしたまま体の前に置く。
稲妻のような速度で迫るユリアンカの切っ先が、こちらの木剣に当たった瞬間、柄頭を前に押し出す要領で上に受け流す。この小手先だけの技術は実戦にまったく役に立たないだろうが、腕に覚えのある新兵を驚かせることはできるのだ。
下段からの逆袈裟斬りを受け流されたユリアンカは、そのようなことにはまったく
やはりそうだったか。
鬼角族の大太刀は、馬上から片手で斬るために湾曲しているのだが、相手を十分に斬るためには腕を最後まで振りぬかなければならない。その普段からの癖が、ここで私がつけ入る隙を生んだ。
ユリアンカにより跳ね上げられたかに見えた私の木剣は、そのまま力なくピタリとユリアンカの首筋に当てられる。
「教官の勝ちだ！」
ジンベジが大声で叫んだ。まわりで見ていた兵士たちも歓声をあげた。
ユリアンカの顔色が青くなり、そして赤くなった。
「まだ負けてないぞ！ 降参するまでやるんだろうが」
そう怒鳴ると、振り上げた木剣で力いっぱい斬りつけてくる。怒りのあまり、先ほどまでの流れるような動きは影をひそめ、力任せに木剣をブンブンと振り回してくるユリアンカの動きを見切るのはたやすかった。かわしては斬りつけ、強打は受け流して切り返す。戦いの
左膝への横からの一撃で、さすがのユリアンカもついに地面へ倒れこんだ。ここまでやるつもりはなかったが、肉体的な打撃がなければユリアンカはけっして戦いをやめなかっただろう。
「おい、大丈夫か」少し心配になって、倒れこんだユリアンカの顔をのぞきこむ。「ケガをしないように注意したつもりだが、骨が折れたりはしていないよな」
ユリアンカはぷいと目をそらして、恥ずかしそうにいった。
「あー、負けだ負けだ。さすが兄貴に相撲で勝っただけのことはあるな。こんなに強い爺ははじめてだよ。今日は調子が悪かっただけだから、次は絶対に地面に這いつくばらせて草を舐めさせてやるからな」
負けず嫌いなのだろうが、自分が負けた理由を分析できないところはいただけなかった。
「何度やっても私が勝つよ。だが、君には才能がある。私が剣術を教えれば、君に勝てるものはそういないだろう」
ユリアンカは両手で体を起こして、私をみつめた。その瞳は期待で輝いていた。
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