第二章

ちょろい娘

 黒鼻族の死者六十二名、鬼角族の七十九名。

 そして私たち人間の死者はゼロ。怪我をした三人も、一人は自分の槍で自分の足を突くというもので、すぐに回復すると思われた。

 この一連の戦いの中で、黒鼻族の男性の四分の一、鬼角族に至っては二人に一人の男が死んだ計算になる。

 異民族をもって異民族を制する、まさに辺境統治のお手本のようだ。私がそのようなことを考えていなかったという点をのぞけば。

 肉ダルマのハーラントは、羊たちをただのご馳走ではなく手強い戦士として認めたようで、自分が族長である限りは黒鼻族を襲わないということをリーザベル神に誓った。モフモフ羊のヤビツ達は、鬼角族への恨みを忘れてはいないが、二度と攻撃してこないという約束に満足しているようだった。これで当分、この地域は平和になるだろう。

 そして、ハーラントは人間との連絡役として、ユリアンカと三名の女性をチュナム集落へ置いていった。人間のことばを話すことができるのはハーラントをのぞけばユリアンカだけだし、戦闘で死んだ男性が多いので、望むものがいるなら伴侶として受け入れて欲しいとのことばを残して。その日以降、私の生活は一変することになった。


「おはようございます。ユリアンカさん。今日もいい天気ですね」

 このあたりの地方は、雨期以外ほとんど雨が降らない。いい天気なのは当たり前だが、他に若い女性と話すことがないので、毎朝同じ話になってしまうのだ。

「はぁ」ユリアンカはきこえるように大きなため息をついた。「毎朝毎朝、なんの用事もないくせに、いちいちくんなよ。キモいんだよ。死ね」

 口を開くたびに死ねとかキモイとかいわれるのだが、不思議と腹は立たなかった。変な性癖に目覚めてしまったのかもしれない。本来は鬼角族の情報をききだす為の訪問なのだが、最近ではユリアンカと会話ができれば他のことはどうでも良くなっていた。

「まあそういわずに、今日もいくつか教えてもらいたいことがあるのです」

 私の問いかけを、黒鼻族の皮できたマットの上で寝ころんだまま無視する。これも、ある種の儀式であることが最近わかってきたので、はなしを続けた。

「前からききたかったんですが、キンネクの戦士が持つ大太刀はどういう方法で作っているのでしょうか」

 あくまで個人的な意見だが、鬼角族の持つ大太刀は遊牧民が持つには精巧すぎる。なにか秘密があるのであれば、ぜひ知っておきたいと思ったのだ。

 ユリアンカは、バカにしたような目で私をみつめていった。

「バウセン山の鍛冶屋に頼むにきまってんじゃん」

 バウセン山がどこにあるかは知らないが、やはり外部勢力との交易で入手しているということだろうか。

「バウセン山というのは、どのあたりにあるのでしょうか。鍛冶屋というのは、キンネクと同じ種族ですか?」

 ニヤリと笑ったユリアンカは、本当に嬉しそうにバウセン山のことをはなしはじめる。

「そんなことも知らないの、骸骨爺さん。バウセン山はここから十日くらい西にいったところにある山だよ。鍛冶屋はキンネクと同じ種族ではないけど、あんた達とも違う。鍛冶屋と私たちのあいだには取り決めがあって、鍛冶屋を守るかわりに私たちは大太刀を鍛えてもらってる」

 興味深い話だった。高度な技術を持つ種族が、西方に暮らしているという情報はいずれ役に立つこともあるかもしれない。得意げにこちらを見るユリアンカに年甲斐もなく胸をときめかせながら、あくまで平静をよそおって礼をのべた。

 下手したてにでると、なんでもペラペラ話してくれる。オッサンからすると、この娘はかなりちょろいのだ。扱い方さえ間違えなければ、いままで人間の世界に知られていなかった鬼角族の風俗習慣を知ることができるだろう。私の考えは、ユリアンカのことばで遮られた。

「ところで、ジジイは相撲で兄貴に勝ったんだろ。剣術はどうなの」

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