一騎打ち
前回の戦いから、きっかり三十日後。鬼角族の復讐戦ははじまった。
偵察に出ていたハーラントの部下が、敵接近の報を伝えてきたのが正午少し前。
敵軍は、いつもより早く出立したとみえる。
槍兵と羊たちを丘陵の西にある陣地に入れる。
増援の兵士は陣の左翼に、生き残りと補充兵を右翼に配置。
羊たちは中央の土塁陣地の中に待機させた。
指揮官である私は、前回と同じ頭に赤い羽根のついた目立つ兜を着用して中央に陣取る。
間違いなく戦いがはじまる。
それは、私の膝がブルブル震えはじめていることからわかる。
「お前は人間の兵士が三百揃うといっていたが、その半分くらいしかいないじゃないか」
全身の力をふりしぼり、普段と変わらない声で馬上の肉ダルマに答える。
「増援が間に合わなかった。だがこの数でも問題ないはずだ」
「教官殿、すべて準備は整いました。いちおう集落の羊たちにも投槍を持たせてますが、ここに来ている連中以外は戦いの役には立たないと思います」
「ありがとう、ストルコム君。
「あれを
「
「人間の秘密兵器だよ」
秘密兵器というには貧相なものだが、歩兵しかいない私たちにとっては唯一の機動兵力だ。
「ヤビツ君! 少しこちらに来てくれないか」
私の精一杯の大声に、モコモコした毛むくじゃらが手に投槍を持って近づいてきた。
「隊長、なにか御用でしゅか」
「ヤビツ君。これからの戦いは、私たちの命がかかっているだけではなく、君たちチュナムの未来もかかっている。わかるな」羊はうなずいた。「積年の恨みもあるだろうが、私かストルコムが命令すれば、すぐに戦闘をやめるんだぞ。いいな」返事はないが話を続ける。「鬼角族を全滅させてしまうと、別の鬼角族がこの村に攻め込んでくることになる。ここにいるハーラントさんは、自分が族長になれば、この集落を二度と攻撃しないと約束してくれた。チュナムの子々孫々の安全のために、私かストルコムの命令には絶対に戦いをやめるんだ。約束してくれよ」
「わかりましぃた。約しょくしぃましゅ」
馬上のハーラントが大声で笑いながらいった。
「戦う前から勝った後の話か。お前たち人間は、どれほど傲慢なのだ」
笑いで返そうとするが、膝の震えは激しくなり、うまく声がでなかった。
そのとき、物見の兵士から大きな声で報告があった。
「隊長! 敵が見えました。騎兵二百はいます!」
いよいよはじまるのか。
こちらの陣から百歩ほど離れたところで、また鬼角族の騎兵達は止まる。
弓が百張りもあれば斉射で相手も無傷ではいられないだろうが、こちらにその準備はない。
総勢二百騎以上。ハーラントの話は概ね真実だったようだ。
そのうちの一騎が隊列を離れて前に出てくる。
馬にのる偉丈夫は端正な雰囲気を漂わせ、皮鎧の意匠の見事さは高貴な身分であることを示していた。あれがハーラントの弟、ミゼンラントだろう。なにかを叫んでいるが、父親のように戦場で通る声ではなかった。
「ハーラント、出番だぞ」
ささやくように告げると、ニヤリと不敵な笑いを残しハーラントは陣の前に出ていく。
敵陣から、はっきりしたどよめきがおこった。
ハーラントは腰からゾロリと大太刀を抜き、それを敵に見せつけるような動きをしてなにかを怒鳴りはじめる。
ことばはわからないが、低く轟く声はどちらが戦場の指揮官として優れているかを明らかにした。
弟がなにかをいいかえし敵の隊列に戻ると、ハーラントも馬首をめぐらせてこちらの陣に戻ってくる。
「我との一騎打ちは、やはり断られたぞ。本当に度胸のないガキだ」
一騎打ちで戦いの勝敗が決まるのであれば、無駄な人死にはなくなるのだろうが、断られることはわかっていた。弟のミゼンラントは、一度の兄のハーラントに相撲や剣の稽古で勝ったことがないのだから、一騎打ちは自殺行為になる。ここまでは完全に予想通りだ。
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