投槍部隊

 陣地の構築はストルコムにまかせ、天幕に黒鼻族のヤビツをよぶ。

「おはようごだいましゅ。だロフしゃま、なんの御用でしゅか」

「おはよう、ヤビツ君。昨日は君たちを守り切れなくてすまなかった」

 ヤビツの真っ黒な瞳からは、どのような感情も読み取ることはできなかった。

「しぃかたないでしゅ。あのにんづうではどうしぃようもありましぇん。それに、一人しぃにんがでたときいていましゅ。私ぃ達の為にもうしぃわけないでしゅ」

 マヌエレの死は無駄ではなかったのだ。部下の死で、黒鼻族の信頼を得ることができたと考える自分に嫌悪感を感じながらも、話を続ける。

「私も大変残念に思っている。私は君たちも、自分の部下も守りたい」ヤビツからはなんの反応もなかった。「そこで、君たちチュナム族にも協力してもらい、鬼角族を撃退したいと思っているんだが、どうだろう」 

「私ぃ達も戦いたいでしゅが、チュナムどくでは鬼角どく相手に戦う方法がありましぇん」

「以前、私が君に質問した時、チュナム族の戦士は自分たちを守るために勇敢に戦うといっていたね。もしも私が君たちにも使える武器を用意すれば、一緒に戦ってくれるかな」

「私ぃたちでも戦えるのでしゅか」

 今度は、ヤビツが興奮していることがはっきりわかった。

 私は腰にぶら下げていた投槍器アトラトルをヤビツに見せるが、それを見ても、どう使うのかわからないようで、ぽかんとしていた。

「これはいにしえの英雄たちも使っていた投槍器アトラトルという武器だ。正確にはこれが武器というわけではないが、投槍器アトラトルを使えば君たちチュナム族も、我々とともに鬼角族と戦うことができる。ちょっとこちらに来てくれるか」ヤビツが近寄ってくる。「この下向きの鉤の部分を、君のひづめのあいだに、こうやって挟むんだ」

 ヤビツは、はじめ私のなすがままになっていたが、途中から投槍器を蹄で鉤を何度か握りなおして、その感触を確かめていた。

「そして、投槍器の溝が上を向いた状態で腕を後ろから前に振りぬく。やってみせてくれ」

 ヤビツは振りかぶり、腕を振りぬく。

 コロンコロンという音とともに、投槍器が床に転がった。

 顔から血の気が引いていくのがはっきりわかる。

 ひょっとして、黒鼻族の手の構造では投槍器を握ることができないのじゃないか。偉そうに演説したのに、これでは隊長の面子丸つぶれだ。いや、面子なんてどうでもいい。鬼角族に勝てないのはまずい。

「これを投げるんでしゅか」ヤビツは困ったような口調でいった。「投げるのはむづかしぃでしゅ」

「いや、投槍器を投げるんじゃないよ。その道具に槍をのせるんだ。こんなふうに」

 床に落ちている投槍器を右手にひろい、数日前につくっていた投槍を左手に持ち、ヤビツに表へでるよううながす。

「これは槍だけど、通常の槍の半分くらいの長さしかない。先端にはやじりが、後ろには矢羽やばねついているから、大きな矢ともいえるな。これを投槍器の溝にあわせてのせ、投槍器の後ろの出っ張りを、槍の後ろのくぼみにあわせる。矢でいうならはずのかわりだな。そして槍を正面に向けて腕を射抜くと――」

 真っすぐに飛んだ投槍は、天幕から五十歩は離れたところにある、無造作に突き刺された杭にカツンという音とともに突きたった。会心の投擲の為に、すでに五日練習していることは秘密だ。

「しゅごいでしゅ! 槍があんなに遠くまで飛びましぃた」

「おそらく、ヤビツ君にも使えるはずだよ。まず君に練習してもらい、他のチュナム族の戦士にも使い方を教えてもらう。次に鬼角族が攻めてくる時には、チュナム族の投槍戦士が鬼角族を打ちのめす。じゃあ、さっそく練習しよう。すっぽ抜けると危ないから、人のいない場所へいこうか」

 私のことばにヤビツは動こうとせず、外のあかりで狭まり、横長になった瞳孔でこちらをにらみつけながらいった。

「こういう武器があるなら、なぜ私ぃたちに使い方をおしぃえてくれなかったのでしゅか」

 ヤビツはバカではない。舌ったらずなのは、人間のことばを使っているからだ。

「それには二つの理由がある。一つは、投槍器や投槍をつくるための物資が足りなかったからだ。大隊に要請したが、槍そのほかの装備は支給されなかった。投げ槍をつくるにも、この周辺には木がまったくないから不可能だ。二つ目は、大量に使用できないのであれば、投槍器という秘密兵器を鬼角族にさらすことはできないからだ。投槍器は強力な武器だが、射程は短い。相手に投槍器のことを知られると、不意をつけなくなる。大量に投槍器を投入できないなら、温存する必要があった」

 納得したのかどうかはわからないが、ヤビツはそれ以上質問しなかった。

「わかりましぃた。隊長しゃんのいうことに、うしょはないとしぃんぢましゅ。ぜひ投槍器の使い方をおしぃえてくだしゃい」

 外れた槍が飛んでも問題ない場所まで移動すると、ヤビツに投槍器の使い方を教える。目標は丘陵の斜面だ。土なら、鏃が痛むこともないだろう。人間が投槍器を使う時、槍が浮かないように指で槍を押さえるのだが、黒鼻族の蹄ではそれができない。しかし、なんどか投げれば、槍が浮かないコツを覚えてくれるだろう。

 ヤビツは右手の蹄に投槍器を挟み、なかなかきれいな姿勢で斜面に向かい槍を投げた。

 案の定、槍は前に飛ばず上に飛び、ヤビツは槍が消えたかと勘違いしてキョロキョロしている。

「腕を振るときに、槍が浮かないよう意識して投げるんだ。そうすれば槍が真っすぐ飛ぶ」

 地面に突き刺さった槍をひろい、再び投槍器にのせて槍が投げられた。

 今度は真っすぐ飛んだが、槍が浮かないことに意識を集中しすぎたのか勢いがなかった。

「そうそう、その投げ方で少しづつ勢いをつけていこう」

 十投目を投げるころには、槍は十分な速度で前方へ投射されていた。

「投げ方はそれでいいから、あとは目標に命中させる訓練をしよう。さっきの杭を持ってくるから、それを的にしてみて欲しい」

「わかりましぃた」

 ヤビツも楽しくなってきたのか、声をはずませていた。


 半刻ほどの訓練で、ヤビツは三十歩の距離から、二回に一回の割合で杭に命中させることができるようになっていた。

「戦場で使うには、五十歩の距離で二回に一回命中させる必要がある。投槍器はそのままでいいかな。使った感触を教えてもらえばうれしいんだが」

「投しょう器は、握る側をしぇん端でわかれるようにしゅれば、もっと力がこもるとおもいましゅ。しょれに、槍が浮かないようにしぇん端に輪をつければ、もっとしぇい確に投げられましゅ」

 握る側の鉤への改良は、投槍器そのものがすっぽ抜けることを防止するために必要かもしれない。槍が浮かないようにするための輪は、投槍器をつくるのに手間がかかることと、再装填に時間がかかることこから今回は見送っていたが、必要に応じて用意するべきかもしれない。

「隊長しゃん、これは簡単でおしょろしい武器でしゅ。我々もこれなら使えましゅ。これで我々も鬼角どくから身をまもれましゅ」

「たしかに投槍器は強力な武器だが、それだけでは戦いに勝てないよ。投槍器は、戦争のはじめに使われるか、前衛が敵の突撃を食い止めているときに後方から投げるという使われ方が一般的だから」

「しょれでも、殺しゃれるだけだったわたしぃたちにとって、これはしゅばらしいものでしゅ」

 ヤビツの口からヨダレがダラダラたれていることから、かなり興奮していることはわかる。

 これで黒鼻族を、投槍器部隊として組織できるだろう。

 これで計画は、一歩前進できた。

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