補充兵
荷馬車に揺られて西へ西へ進んでいく。
ターボルへ到着した翌日、俺たちはそのままさらに西の拠点へ追いやられるように移動させられた。
チュナムという名の、黒鼻族の村落を防衛する部隊の補充要員になるらしい。
兵士を三十名も補充するということは、それだけの死人がでたということだろうから、まさに最前線へ送られているのだ。
「おいホエテテ、そんなに緊張するなよ。俺たちは戦うために軍隊へ志願したんだろう? だったら、最前線に向かうのは、むしろ願ったりじゃないか」
ジンベジが真っ青な顔をしている大男をからかうが、大男からはなんの返事もなかった。
「おい、ツベヒもそう思うだろ」
この男はいつもふざけて軽口を叩いているが、俺たちの雰囲気を和らげてくれる貴重な存在だ。
「チュナムという場所を見るまで、俺は何も確定的に判断しないよ。チュナムは地獄かもしれないし、武功をあげられる天国かもしれない」
俺の返事に、ジンベジは大男の肩を軽く叩いて、ほらみろと笑う。
なにが、ほらみろなのかわからないが、地面から直接伝わってくる振動で尻がしびれ、くたびれきった全員にとっては、ジンベジのどうでもいい会話は気慰みになっていた。
「そんなことより、お前は鬼角族と戦って勝つ自信があるのか、ジンベジ」
「鬼角族って、いうなればデカい雄牛のようなもんだろ。素手で雄牛は倒せないが、俺の槍でちょちょいのちょいだよ」
「いや、鬼角族は馬に乗って大太刀を振り回すらしいぞ。お前のへなちょこ槍じゃあ、すぐに真っ二つにされて終わりだ」
真っ青な顔をしていたホエテテが突然大声で笑い、その笑い声は隣の荷馬車にも伝染した。
「お前ら、俺の槍さばきを知らないから笑うんだ。こうみえても、槍術はエーレアス先生の薫陶をうけて免許皆伝。槍のジンベジとは俺のことだ!」
いっそう笑い声が大きくなり、みるみる場が和んだ。その時、誰かが大きな声で叫んだ。
「おい、前方に丘が見えるぞ。上のほうに建物が見えるから、あれがチュナムじゃないのか」
みな笑うのをやめ、西に見える丘陵に目をこらした。
「建物なんてみえないぞ。でも、なにか動くものが見えるから、あれが目的地かも」
変化のない風景に飽き飽きしていた俺たちは、興奮気味に丘陵についてあれこれと勝手なことを口にしていた。その時、兵士の中で一番目のいいジンベジが、丘の上に大きく手を振りながらいった。
「丘の上に立って歩く羊が見えたぞ。間違いない、あそこが黒鼻族の村チュナムだ」
人らしきものの動く姿が見えたのであれば、敵の可能性を考えて、下車して備えなければならないというのが今回の命令だ。できるかぎり大きな声で命令を怒鳴る。
「補充兵部隊、槍をもって下車。散開して敵に備えよ」
尻の痛くなる荷馬車から降りられるということもあり、兵士たちはすばやく槍を手に場所を囲むように散開した。
「よし、ジンベジとホエテテは先行し、チュナム集落に異常がないか確認してこい」
「ツベヒ隊長かっこいい!」
ジンベジは私を茶化した後、大げさに敬礼をして大男とともに丘陵を駆け上っていく。
二人は丘の頂上あたりまでいくと、何者かとしばらく話したあとに、こちらへ向かって両手で大きな丸印を描いた。
「よし、問題ないようだから、全体そのままの隊列で丘陵の頂上へ向かう」
兵士が下車して空になった六台の荷馬車が、荷物を積んだ二台の荷馬車を囲むような陣形をとり、そのまま丘陵をのぼりはじめた。
丘陵をのぼるにしたがい、ジンベジと大男が二足歩行の羊のような黒鼻族と、軍服を着た一人の人間と立ち話をしているのが見える。そうしているうちに、ジンベジがこちらへ駆け寄ってきて嬉しそうにわめいた。
「おい、ビックリだぞ。思いもよらない人がここの指揮官様だ! 誰が上にいたと思う?」
なぜジンベジが興奮しているのかわからなかった。新兵の俺たちには知り合いなんていない。
ジンベジは、得意げに周りを見渡していった。
「なんと、訓練所の教官殿だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます